日記・コラム・つぶやき

「AIアノテーションにおける労働搾取」の話題はアンタッチャブル?

「AIアノテーション(データのラベル付けや選別作業)における労働搾取」の話。
いっときよりなんか聞かなくなっちゃったなあ。

それもそうかあ、という気がしている。
Anthropic や OpenAI といった企業から、国家が「アクセス権をもらう」時代だから。

生成AI開発企業の機嫌を損なうようなことは控えるよなあ。
たぶん、NHK も『AIの不都合な真実』(2025年)のような番組は、しばらくは大々的には放送しないと思う。

国営放送局だもんねえ。

国家が「アクセス権をもらう」のを邪魔しないように、生成AI開発企業が日本に対する心象を悪くしないように何かと気をつかうだろうし。

NHK に限った話じゃない。

生成AIを活用しているさまざまな企業も、"そこ" の話題にふれて、自分たちが AI を使いづらくなる事態は避けたいだろうし。

「(生成AI開発企業による)AIアノテーションにおける労働搾取」という話題はとりあえずそのままにしておいて、「効率向上」という名のお金をAI に生ませられにくくなるのは避けたい人たちはたくさんいるのだ。

・『AIの不都合な真実』(初回放送日 NHK BS 2025年5月6日)

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BERED。最高にRockなバンド

ライブハウスに行ってきた。
お目当ては、YouTube で見つけた自分好みのバンド BERED。

初めて聴いたのは『Back To The Action』という曲。

ライブ情報はほんと偶然見つけた。初めての生BERED。
かっこよかった。すてきだった。最高だった。

今の国内で最高にかっこいいRockバンドの一つ。
(「かっこいい」の “世界” には「最高」がいくつあってもよいのだ。だって、「最高にかっこいいバンド」がたくさんあった方が楽しいじゃないか。)

「J-POP」などという訳のわからない言葉で括れないバンド。それが BERED なんだよ。

BERED の皆さんはすごくフレンドリーで暖かった。
出番前に、持って行った CD にサインをお願いしたら、とても快く応じていただけた。

「BERED を初めて観ます」という話をしていたためか、終わってから「いっしょに写真を撮りましょう」と声をかけてくれたのには感動したよ。

BERED の曲はベースがブンブン唸るのがよくて、ベーシストの NAOTO さんと話ができたのはすごく嬉しかった。
家に帰ってきてから気づいたのは、NAOTO さんが肩に手を置いてくれている! これは気づいてなかった。ものすごく嬉しい。

BERED の皆さん。何もかもありがとうございました!

やっぱり自分は Rock が好きなんだよなあとしみじみ思ったひと夜でありました。

BERED のオフィシャルサイトはこちら。

Bered_and_me

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ファースト・コンタクトには日本語を。

SFにおける「ファースト・コンタクト」。
人類と地球外知的生命体(宇宙人)が初めて接触する瞬間。

予期せぬ出会いの場合はどうにもならないけれど、黒船のように「もうそこに来ている。今そこにいる」場合に、人類側で最初に会うのは原則日本人(たち)であるべきだと思う。

最低でも「日本語で一切の不自由なく意思疎通が可能な人(たち)」が望ましい。

可能なら避けたいのは「英語しか話せない人(たち)」。
というのは、「代名詞」というやっかいな問題が発生するから。

その知的生命体は「彼(He)」なのか「彼女(She)」なのか。
「彼(He)」ならば、「彼の、彼を、彼が(his, him)」と言わないといけないし、「彼女(She)」なら「彼女の、彼女を、彼女が(her)」と言わないといけない。(相手が複数でも状況は変わらない。)

初対面の相手を「それ(it)、それら・あれら(They, Those)」と呼ぶのは失礼だろうからねえ。
とにかく、相手をなんという代名詞で呼ぶかを協議して意識合わせしてからでないと、英語では内輪も含めてコミュニケーションしづらい。

そこへいくと、日本語ははるかに利便性が高い。
手っ取り早く「宇宙人だから、ウーさん」でいけるし、「地球外知的生命体だから、チガさん」でもいい。

「ウーさん(たち)はどこから来られたのですか」と先方に対して言えるし、「ウーさん(たち)は、"プロキシマ・ケンタウリ b" から来られたそうです」と内輪のメンバーに向かっても使える。

いきなり「"ウーさん" と呼びかけるのは、馴れ馴れしすぎないか?」というなら、「あなた」や「そちら様」(内輪の会話では「あちら様」)が使える。
(言語が通じ合えるかどうかは今はちょいと横に置いておく。)

可能性として、先方に地球人類側でいうところの「性別」がないとしても、またはいわゆる「性別」が複数あったとしても、とりあえずは「ウーさん」が使える。

もう一つの可能性として、「個々のウーさん」の識別が必要な場合には考えないといけないけれど、それでも「背が一番高いから、タカウーさん」やら「目(のように見える部分)が大きいから、メオウーさん」でも何とかいける場合がある。

もちろん、地球人類側からは個体識別が不可能な場合も当然想定できるけれど、その場合は、そもそもこちら側の言語が何語であっても難しさは同じだ。
だとしても「ウーさんたち」は使えるのだから、日本語ってファースト・コンタクトにもっとも適した言語なんじゃないか? と思うよ。

より親しくなってきたら、「ウー君」や「ウーちゃん」「ウーたん」などと親密さの度合いによって呼称を変えることも可能だ。人類側が「関西人」なら「ウーやん」もありだ。

やはり、日本語はファースト・コンタクトにもっとも適した言語だと言いたくなる。
(最悪、先方が圧倒的な攻撃力でもって地球人類を支配・殲滅するためにやって来た可能性もあるが、その場合は、全人類はもう諦めるしかないので人類側がどんな言語を用いるかは問題にしなくてよい。)

あるいは、先方の文化においては「初対面で呼びかける」のはとても失礼な行為になり、初対面ではまず「ブォーブォーとオッさんのイビキのようなやや歪んだ低音をどこからか発生させながら、互いの身体をベロベロに舐めまわし合う」ことが欠かせない礼儀であったりするかもしれないが、なんせファースト・コンタクトだ。

双方の文化に疎いのはお互いさまだから、そのあたりはちゃんと謝罪して話し合えば「知らなかった故」と許してもらえると思う。

とまあ、なんだかんだで、球外知的生命体(宇宙人)と初めて接触する地球人類(人類たち)は、日本人または日本語が堪能な人が望ましいと思うわけさ。
(画像出典:かわいいフリー素材集 いらすとや)

Akusyu_uchuujin

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男女不平等は千年の業?

男女雇用機会均等法の施行から、今年で40年。
賃金・昇格などについて職場での男女差別はかなり解消されたと思うかを、朝日新聞社が全国世論調査(郵送)で尋ねたところ、「まだ十分でない」が61%だったそう。(4月28日付 朝日新聞)

法の施行から40年経っても、まだ十分とはいえるようになっていない。
女性と平等な労働条件になることが、我々男性はどうにもいやなようです。

ここで大事なのは、社会学者である上野千鶴子がいう「女性が男並みに働くこと(女の男化)」ではなくて、女性が女性のままで、育児・介護といったケア労働や家庭責任を負わされず尊厳をもって生きられる社会が実現すること。

捉えようによっては、この国における「男女不平等」の根はとんでもない深さがあります。

仏教に「薬師如来十二の大願」というものがあると最近知りました。
薬師如来がまだ修行時代に、衆生を病いや貧困などから救い、悟りに導くために立てた十二個の誓願のことで、『薬師如来本願経』に説かれているとか。

その一つに「転女得仏(てんにょとくぶつ)」という願いがあります。
「女性として生まれた者が、女性特有の苦しみを離れ、成仏できるようにするために、男性への転生を望む場合、それを助ける」という願いだそうです。

男性への転生……というあたりが、男である自分からしても「なに言っちゃってんの。バカじゃないの?!」とツッコミたくはなりますが、「時代」というものを考えると致し方ないところでしょう。

『薬師如来本願経』が日本に伝来したのは、飛鳥時代(592年 – 710年)。今から千年以上前のこと。
当時の仏教観では、女性が成仏するためには、男性に転生する必要がある(変成男子)という考え方があったそうです。

その後、鎌倉時代(12世紀末 – 1333年)に、「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば、誰でも平等に極楽浄土へ往生できると説く法然上人が登場します。

ようやくここに男女の区別なく救われる「平等往生」の説法がなされるようになったわけですねえ。
男女平等の考え方が現れるまでに、飛鳥時代から数百年かかっています。
(「極楽浄土へ往生」限定ではあるけれど。)

長すぎ!

で、身分や貧富、性別の差がなく「極楽浄土へ往生」ができると説いた鎌倉時代の法然からさらに六百年以上経ったのが現代。

男女雇用機会均等法が目指しているはずの「賃金・昇格などについて職場での男女差別の解消」は、未だ「100%の実現」をみていないのですから、その根の深さはギリシャ神話における「死者の国のそのまた最深部である "冥界の底"」ほど深いといえそうです。

六百年以上が過ぎてるんですよ。げに深きは男の業……とでも呼びましょうか。

もし薬師如来が今の時代に修行をしていたら、「男性と同様の賃金・昇格などを女性が得るためには、男性に転生する必要がある」と十二の誓願のなかに入れたかもしれません。

我々男性の意識は、千年以上前の仏教観と大して変わっていないと言いたくなります。

仏教風に漢字四文字で表すなら「不変千年」というところかな。

だからといって、現状を変えようとすることをやめてしまっては、次の千年がまた過ぎてもなにも変わらないまま。
この国における「男女不平等」には、千年を超える根深さがあると腹に据えて今後も取り組んでいくしかないのでしょう。

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2026年初ウグイス

今日(3月11日)、ウグイスが鳴くのを聞いた。昨年の初ウグイスは3月13日だった。

うちのあたりは今日は雪が降ってもおかしくないと感じるほど寒いせいか、まだまだおぼつかない鳴き声ではあったけれど、間違いなくウグイスの声。

昨年は、岩手・大船渡市での大規模な山火事にふれて「人も鳥獣も住処を失った」と書いていた。

今年は、アメリカとイスラエルがイランに戦争を仕掛けている。
「人も鳥獣も住処を失う」事態は形と場所を変えて今年も起こっている。

日本でのウグイスの鳴き声ではあるけれど、暖かい日々の訪れが彼の地にもあってほしいと願うよ。

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2026年の初ツバメ

今日(3月6日)、今年の初ツバメを見た。
昨年、ツバメを見たのは4月8日だった。

今年は早いなあ。
まだ冬が明け切っていない時期にしては、それだけ暖かいのだろう。

昨年は、「戦争が続いているところ、大火事に遭ったところ。国の内外を問わず大変な思いをしている人たちがいる。」と書いた。

今年は米・イスラエルがイランに戦争を仕掛けている。
自分は、"あれ" は「戦争だ」と思っているので戦争と呼ぶ。

「アメリカ、よくやってくれた!」と喜んでいる人もいるのは知っている。
それはそれとして、自分はどこの国であっても他国への攻撃はやってほしくない。

だって、血が流れるじゃないか。

この星のどこででも、誰かによって誰かが血を流す目に遭うことが無くなりますように。

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日本のテルミンの未来が危ない。

知る人ぞ知る「テルミン」。
ロシアの物理学者 レフ・セルゲーエヴィチ・テルミン博士が1920年に発明した世界初の電子楽器。

それがテルミン。

ちょっとした縁で、さまざまなテルミンを所有している方にそれらを見せてもらえることになった。その数 30 種類以上。

見せてもらえただけではない。

シンセサイザーでお馴染みのモーグ社が、電子楽器「テルミン」生誕100周年を記念して2020年に発売したモデル「CLARAVOX(クララボックス)」を弾かせてももらえた。

いやあ、実に嬉しかったよ。

実は日本は世界で一番テルミン奏者が多い国だそうで、勢い、テルミンを集めている人たちも多くいるとのこと。

そんな人たち同士で今話題になっていることが2つあると聞いた。
一つは「テルミンが壊れたときの修理」、もう一つは「自身に何かあったときに集めたテルミンはどうなるか」というもの。

テルミンの修理

テルミンという楽器はとても繊細なため、単に電子楽器や電子回路についての知識があるだけでは直せないのだそう。
(テルミンは筐体に塗られている塗料の原材料によっても音が変わってしまうことがあるという。)

テルミンのことがわかっていて電子回路もわかっている人でないと調整できないとのこと。
その「わかっている人」が日本からいなくなってきているらしい。

テルミンを製造・販売していたメーカーの一つに、シンセサイザーでお馴染みのモーグ社がある。
かつては日本の代理店をモリダイラ楽器がしており、モーグ社が発売していたテルミンのサポート業務も請け負っていた。それが2013年に代理店業務をやめてしまったとのこと。

その後、同年にコルグ社がモーグの日本代理店を務めることになったのだけれど、コルグ社が言うに、同じモーグ社のテルミンであっても「モリダイラ楽器が販売していたものについてはサポートは行わない」のだそう。

当然、代理店業務をやめてしまったモリダイラ楽器も、自社から販売したテルミンではあってももう代理店ではないのでサポートはしてくれない。

つまり、「モリダイラ楽器から購入したモーグのテルミンは、何かあってもどこにも何もしてもらえない状態」になったのだという。
(ビジネスとしては間違えてないのかもしれないが、心情としてはひどい話だ。)

2013年以降からしばらくは、モリダイラ楽器でテルミンを開発・製造していた元社員の方が個人的に請け負ってくれていたのだそうだが、その方も年齢を経て身体の問題も出てきて修理が難しくなってきたという。

その方に何かあったら、信頼してテルミンを任せられる人は日本からいなくなるらしい。

今、日本国内でテルミンを直したい人は、時間がかかってもよいからその方に頼むか、それができる他の人をどうにかして国内で探すか、海外にはまだテルミンを直せる人がいるらしいのでその方と連絡を取って日本に来てもらって直してもらうという状態だという。

「直せる人がいなくなる」だけではない。部品の供給も深刻な状態らしい。
国内で現存する最古のテルミンには、すでに製造中止になっている真空管(RCA 社の真空管 UX120, UX171A)が使われていてそれが手に入らなくなってきている。

今のままでは最悪の場合は、国内にあるテルミンはどれも音が出ないままになる可能性があるというわけ。
世界で一番テルミン奏者が多い国としては由々しき事態だ。
(実際に、世界の美術館や博物館に展示されているテルミンの中には、展示されているだけで音がもう鳴らないものもあるという。)

所有するテルミンの行末

2つ目の「自身に何かあったときに集めたテルミンはどうなるか」問題。

これはテルミンに限らずなんらかのコレクションをお持ちの方なら誰でも抱える問題であろう。
それがなんであれ、興味関心がない人にとっては、残されたコレクションはただのゴミでしかないから。

今年の5月、1920年から1970年にかけてのアメリカのギター製作の黄金時代に作られた500本以上の最高級ギターの寄贈をコレクターから受けたとメトロポリタン美術館が発表していた。
https://www.metmuseum.org/ja/press-releases/guitar-gift

そのことを伝えて、「そういうこともあるので、メトロポリタン美術館に話をもっていったら歴史的に貴重なテルミンだとわかれば受け取ってくれるかもしれませんよ」と話しておいた。

さて、今後日本におけるテルミンの未来はどうなるか。心配である。

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このエスカレーターは2列利用専用です。

某電鉄の某駅のエスカレーターを使う人たちを見ていてふと思った。
「このエスカレーターは2列利用専用です」という表示と音声案内にするのはどうだろ? と。

そのエスカレーター横の壁には「2列で立ち止まって利用してほしい」旨の表示があり、音声でも「歩かずに2列で利用してほしい」旨の案内が流れている。

それでも、エスカレーターを利用する皆さんは、左側に寄って1列になって右側を空けて乗っていく。そして空いている右側を歩いて登る、あるいは降りる人がいる。

まったく人間とは難しいものである。

「歩かずに2列で利用してほしい」とお願いしても、そも2列になってくれない。そして、「歩かないでくれ」とお願いしてもそれを聞き入れてくれない。

左側で立ち止まる人たちには、知らない人の隣に立ちたくないという気持ちがあるのかもしれない。もしくは、右側を歩いて進みたがる人の機嫌を損ねたら嫌な目に遭うかもしれないからという自己防衛の気持ちがあるのかもしれない。

右側を歩いて進む人たちは、特段にお願いを無視するつもりではなく、「先に乗っている人たちが左側に寄っていて、右が空いているのだから歩いたっていいよね」という意識で歩いている人もいるだろう。

そこでだ。

あの表示と音声案内の内容を、「このエスカレーターは2列利用専用です」とすれば、けっこうな数の人たちがそもそも2列で乗ってくれるようになるのではないか? と思ったというわけ。

「このエスカレーターは2列利用専用です」と書いてあるし、音声でも言っていたら、「知らない人の隣に立ちたくない」という人も、「2列専用」だといわれたら渋々でも従う人が出てくると思うのですよ。

そして「専用」という言葉のおかげで権威付けができるので、「ここは2列専用だから立ち止まっていていいんだ」というちょっとした安心感も生まれて、自己防衛として左側で1列になっている人のなかにも2列で乗る人も出てくると思うんだよね。

そしてそして、2列で乗っている人がまばらでもいれば、たとえ少しは歩いて進んでくる人でも、立ち止まって乗っている人の後ろにきたら多少不服でも同じように立ち止まると思うんだよね。

だって「このエスカレーターは2列利用専用です」と書いてあるし、音声でも言っているから。

その状況で「右側を空けろ!」とは主張しづらいだろうし、いかにも「立ち止まらないで進めよ」的に足音を立てて圧をかけてくるようなこともしづらいでしょ?
(「女性専用車両」という表示と案内をイメージしていただけるとわかると思う。)

最初から「2列専用」だってしておけば、結果、「2列で立ち止まって利用するエスカレーター」になっていくのでないでしょうかね。

「このエスカレーターは2列利用専用です」という表示と案内。どう?
どこかの電鉄会社で採用してみてくれないかなあ。

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映画『レッド・ツェッペリン:ビカミング』を観てきた。

なんか大変なことになっているようで、公開初日の9月26日(金)から28(日)での週末観客動員と興行収入ランキングで共に洋画第1位を記録したのだとか。
公開から7日間での興行収入も1億突破が確実で、これは洋楽ドキュメンタリーとしては異例のことだという。

自分のことのように嬉しい。

なかなかいいドキュメンタリーだと私は思ったよ。
明りがついたときに小さく拍手した。

入りのほうは男女合わせて20人ぐらいだったか。
地方の田舎町のこと、エンタメ作品ではなく「ファン限定」と言ってよいドキュメンタリーで、そのぐらいならけっこう入ってるほうと言っていいのではないか。

観客の中に数人ほど「'71年と‘72年の来日を見ておられますよね?」とお声かけしたくなるお年の方たちがおられた。私の心の中では「ご覧になっている」ことになっていて「大先輩方」とお呼びした。

一人だけ、30代前半かな? と思う男性がいたな。
彼がレッド・ツェッペリンに興味をもったのがいつであっても、そのときにはもうバンドはこの世に存在していない。
(レッド・ツェッペリンの解散は1980年。)

「お若の。いい趣味してるじゃないか」って、こちらも心のなかでサムズアップを送っておいた。

それはそうと、時間帯がその日の一番最後の遅い時間に一度しかやっていなくて、しかも「プレミアシート」なるものでしかなくて、加えてシニア割がない。
(大都会では違ったりするのか?)

思ったよりも高くついてしまったぞ。どうしてくれるんだ? 「まあ皆さん聞いてください。責任者、出てこい!」という気分だよ。
(世代限定のネタを使ってしまった。わからない人がいても質問してこないように。ネタを説明しないといけないことほどつまらないことはないから。)

自分としては普通の席でよかったんだよ。帰ってきてお風呂から出てきたら11時をまわっていて眠いし。

妻が言うに「お金と時間に余裕がある "あのころの僕たち・私たち" が観にくるから、それでいいんじゃない?」ということらしい。

「お金に余裕がある」という点には私は該当すると思えないが、"あのころの僕たち・私たち" の部分はその通りかもしれないと思った。

確かに、鬼滅のように「若い人たち」が押し寄せるような映画ではないしね。
ツェッペリンのもう一本のドキュメンタリー映画『狂熱のライブ』(1976)の時代ならまだしも。

そういえば、「観にくるのは大半がシニア層だから、シニア割を導入すると利益が出ない」と指摘する人がいて、悔しいけれど納得してしまった。

ところで、観に行ったらくれた "うちわ" と呼んでいいのか? のこのグッズ。
これ、もらって嬉しい人はどれくらいいるんだ?

個人的には「アイドルの応援グッズじゃないんだからさあ。これを振りながら観ろとでもいいたいのか? いいのか、こんなんで?」という印象なのだけれど。
(グッズ集めが好きな人はいるから、これはこれでハッピーなんだろうな。)

妻いわく「メルカリで売ったら買う人がいるんじゃない?」。
それはそれでどうなんだ? グッズ自体には興味はない。だからといって、好きなバンドのグッズを金に換えるのはさすがに割り切りすぎな気がするから私は売らない。

あと、「三部作らしい」という噂をネットで見たのだけれど、どこまでほんとなんだろ?
ほんとだったら嬉しいが、とりあえずは「噂は噂に過ぎない」と思っておこう。

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2025年の初ツバメ

昨日(4月8日)、今年の初ツバメを見た。
昨年、ツバメを見たのは4月1日だった。

妻によると、ちょっと前からもう飛んでいたのだとか。
4月に入ってこのあたりは雨が続いていたので、自分はあまり外出していなかったなあと思い当たった。

昨年もふれたが、3月にはもうこのあたりに飛来していたのだろう。

戦争が続いているところ、大火事に遭ったところ。
国の内外を問わず大変な思いをしている人たちがいる。

海外での扱いは知らないが、ツバメは縁起の良さの象徴。
この星のどこにでも、誰にでも少しでも多く良いことが起こりますように。

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