日記・コラム・つぶやき

わかる人にだけわかる話

TVアニメ『Dies irae』(ディエス・イレ)が面白い。

もともとゲームらしい。
初めて見る僕にはなんだかよくわからない部分もあるけど、物語としては面白い。

カズィクル・ベイがいる! ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンも!

あんたらは、『Fate/Apocrypha』(フェイト・アポクリファ)か!?

Re:CREATORS』(レクリエイターズ)か!?

いや。そもそもの順番でいえば逆か。あっちが、『Dies irae』か!? だな。

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aibo の購入はよく考えたほうがいい。

ソニーが12年ぶりに「自律型エンタテインメントロボット“aibo”(アイボ)」の発売を始めるのだとか。

・ソニーのサイトにある報道資料
エンタテインメントロボット“aibo”(アイボ)を発売 (2017年11月01日 )

旧アイボの表記は AIBO で、全部大文字だった。
新アイボは、全部小文字で aibo となる。

旧アイボと違って、搭載された AI によってオーナーとのやりとりからさまざまなことを学ぶのだとか。

好奇心旺盛なaiboはオーナーからの呼びかけを待つだけではなく、オーナーに能動的に働きかけます。そしてオーナーからの優しい言葉や、笑顔、頭や背中をなでられたことなどを感じ取り、オーナーが喜んでくれることを健気に学んでいきます。
(出典:「エンタテインメントロボット“aibo”(アイボ)を発売」 https://www.sony.co.jp/SonyInfo/News/Press/201711/17-105/)

だそう。

オーナーとの絆をより深く結んでいくことが可能ということだ。旧アイボではできなかったことだ。

そこが要注意だと思うぞ。

だって、壊れることだってあるでしょ? 機械だもの。家族がうっかり踏んじゃってどこか割れたってことも起きるかもしれないしね。
あるいは、ソニーの今後の業績によっては、旧アイボのように「製造中止」ということだってまた起きるかもしれない。

そんなとき、オーナーは築き上げた情のつながりを失うことを受け入れることができるのか。

できなければ、旧アイボよりも深い喪失がそこに待っているはず――。だって、「オーナーが喜んでくれることを健気に学んでいく」んだよ。

新アイボをけなしているように取れたらごめんなさい。その意図はない。

僕が言いたいのは、より絆を深められる機能を備えているからこそ、もしものときに、喪失と向き合い、受け入れることができるかどうか、aibo を壊したのが自分の家族であるとき、そのことを昇華できるのか、などなどをしっかりと自問自答してから購入したほうがいいと思う――ということ。

だって、そのときがきて、つらくなるのはオーナーさんだからね。
aibo は機械だけれど、生き物を飼い始めるときと大きく変わらない心構えがいるだろうと思うわけよ。

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「完成車検査」は本当に必須なの?

無資格の従業員に「完成車検査」をさせていたことが判明した日産自動車。

完成車検査とは、新車を出荷する前に行う最終のチェックのことで、道路運送車両法などに基づいて各社が認定した「検査員」が実施するのだとか。

日産では資格をもたない人による検査が状態化していたらしく、しかも偽装のためのハンコを貸し出すなどしていて、どうも組織ぐるみでやってましたよ感がありありらしい。

でも! だ。

自動車が世に普及し始めた時代ならともかく、技術がはるかに向上し、「うちの社が作る自動車の安全性には絶対の自信がある」といった状態でいつでも、どこでも生産が可能な時代になってくると、完成車検査というものを国が定めることに、はたして意味があるのか? という気は僕にはする。

西川社長が会見で言っていた言葉――「検査そのものは確実に行われており、安心・安全に使っていただける」――つまり、「無資格の人が完成車査をしていた」という手順の問題であって、検査の時点では完成している車両の品質がなんら汚されるものではないということだ。

社長の言葉をそのまま信じればということだけど。僕は信じたい。

「こんな検査の手順を経なくても品質には何にも問題がない」とわかりきっている状態の車両の完成車検査を、法に定められているからといってやり続けなければいけないとなると、どこかで「この手順は誰がやっても何の影響もないだろう」と考え始める――気持ちとしては理解できる。

それだけコストがかかり、かかったコストは消費者の購入額として返ってくるのだし。
より良い製品をより安価にと考えるなら、不要な手順は省きたいと思うのがまっとうな経営というものだろう。
(国の委託を受けているなら委託費が出てるだろうけどねえ。コストが回収できてかつ潤沢な利益になるような額ではないだろうなあ……)

日産がそう考えているという話ではない。そう考えた人たちがいても、そのことを心情として僕は理解できるという話。

だからといって世間からは「いいんじゃないの」とすませてもらえないだろうけど、国が法として定めている内容が、時代に合わなくなっているのではないかという振り返りを、国と企業が肩を組みあって行う必要がある気がする。

たとえば、車検だ。

それこそ大昔なら国が介入して自動車の安全性を維持・向上させようとする仕組みとして意味があったと思う。

でも、技術革新が進んできたこの時代に、数年ごとの車検なんて不要なんじゃないか? と思うことは僕にはある。
運転者が気づいていないうちにどこかが緩んでいて危険な状態に――とかあるといえばあるだろうから、まったく車検は無しというのは難しいかもしれないけれど、3年とか2年ごとというのは期間が短すぎだろうと思うのだけど。

今の時代の自動車はそんな間隔で点検しなければならないような品質ではないだろうに。
(とはいえ、車検はもう経済の仕組みの一つとして長い年月が経ってるから、いまさら止めるとか期間を延ばすとなると、整備工場の死活問題になってくる。難しいところだ。)

完成車検査も実態はそんな感じになってたんじゃないのかなあ。ひょっとしてだけどね。

「完成車検査なんて、無くせばいいんだよ。あれを無くしてどうにかなるような車を作っているメーカーなんて、いまどきいないよ!」と、自動車業界の人たちがあちこちで言っているような気が僕にはする。

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肉眼より美しいのはやめて。

スマートフォンやデジタルカメラで撮影した風景が、美し過ぎる。

某メーカーのもので、会社の近くを流れている川を撮ったのだとか――。なんじゃこりゃ!? の美しさだった。

ちょっと段差があって、上流からの流れがそこで少し落ちている。
その落ちたあたりの水面に立つ泡の細かい様子がなんと綺麗に写っていることか。

どこの「日本清流百選」だ? というぐらいの印象。

気になるのは、肉眼で見たときとの差だ。
肉眼で見るとそんなに美しく見えない。そこにあるのは、地方の中小企業の敷地の前を流れている小さな川。

いいのか? 実際に見たよりも美しいって……。

「○○へ行ってきたんだ。ほら」

「ウワー。きれいだねえ」

「へへへ。そうでしょう」

「僕も来週行ってみるよ」

「ぜひぜひ」

来週――「なんか違う……」――なんてことになるだろうが!

人生、それでいいのか!? いいんだろうなあ。時代の変遷というものか……。

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三津谷寛治氏に叱られるぞ。

NHK Eテレでやっている『ねこねこ55』。
ネコ好きなら知っている人は少なからずいるであろう番組。

『ねこねこ55』があるのだから、『いぬいぬ55』もあるだろうと思っていたら、これがない!

NHK。大丈夫か? 三津谷寛治氏に叱られるんじゃないか。

三津谷氏は、"NHKゼネラル・エグゼクティブ・プレミアム・マーベラス・ディレクタ" の役職をもち、NHKに40年勤務している。

国営テレビ局としての番組の倫理と品位の維持・向上が、三津谷氏の主たる担当業務なのだそう。

三津谷氏の監査は厳しいことで有名とのことだ。

たとえば、朝の連続テレビドラマ『ひよっこ』について、「"ひよこ" というタイトルでありながら、ひよこを中心に据えた話が一話もないのは、視聴者を困惑させる」と問題視し、ひよこに焦点があたるシーンを新たに追加で撮るように命じたのが、三津谷氏だ。
(話は変わるけど、主演の有村架純さんは、「私は役者ですから」と言い切って、予定になかったこの追加の撮影を、嫌な顔をいっさい見せないでやり抜いたのだとか。凄まじいまでの役者魂だと思う。)

NHKはいますぐ『いぬいぬ55』を制作したほうがよいと思う。
NHKなんで。

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関係者でないなら黙ってようよ。

芸能人や政治家の誰々が不倫したとか、結婚して違約金がどうだとかで、やたらと当人たちを責める人たちがいる。

自分たちとはあんまり関係のない人のことを、そうまで言わなくてもいいじゃない。

言うことでなんの利があるというんだ。

その不倫のせいで困ったことに陥ったとか、その結婚のせいで仕事がうまくいかなくなったとかいう当事者や関係者が怒ったり、責めたりするならわかる。

でも、何にも関係ない人が、責めたり、怒りを向けたりするのはやめないか。だって、関係ないんでしょ。

違約金がほんとうに発生していたとしても、なんで無関係の人に「そのお金をしっかり払えよ」と言われなきゃいけないんだ?

「ちゃんと向き合って謝罪なり、説明なりをやれ」とかさ。なんの具体的理由があって、無関係の人にそんなことを言われないといけないの?

政治家だから? 芸能人だから? 僕に言わせれば、そんなの理由になってない。

まあ、政治家はね、票を入れてくれた人たちがいるからね。そんな人たちからお叱りを受けるのは、ある程度は仕方がないんだろうなあ。

でも、票も入れていない人たちが、住んでいる場所すら離れている人たちが、ああだこうだと責めるのは、ある種のいじめだよ。

芸能人だってそうだ。

芸能人が不倫したら、結婚したら、あなたになんの具体的な不利益があるというんだ。

なにをどれだけ、どんなふうに言っても、政治家も芸能人も基本的には仕返ししてこないからね。
まして、ネット上で好き勝手言ってるどこの誰ともわからない人たちに、仮にもし仕返ししてやろうと思ったとしても、どうにもできないし。

人としての正しい在り方を教えてやろうとでも思っているのか? 誰が「教えてください」とお願いしたんだ? してないよね?

関係者でないなら黙ってようよ。

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狭いカーブの頂点で停まらないで。

自動車でよく通る道に、短いけれど狭くて先が見えないカーブがある。

やっかいなことに、カーブの頂点にあたる片側にはコンクリの塀があり、反対側には側溝がある。しかも、側溝はフタというかカバーというかがされていない部分があるから、下手したらタイヤを落とす。

なのでカーブミラーも置かれている。

カーブの直前で、反対車線からの自動車にカーブミラーで気づくと、その自動車が通りやすいように、気づいたほうがいったん停止するというやり方が、自然とその周辺のマナーのようになっている。

だけど、停止してくれる際に、たまにカーブの頂点で停まる人がいる。

当然僕は、側溝がある側を通り抜けることになる。
たぶん、コンクリの塀までいっぱいいっぱい寄せることで反対側をなるべく大きく空けて、こちらがすれ違いやすいようにという配慮をしてくれているんだろう。

でも、道は曲がっていて、車体はその道に沿って曲がったりはしないんだよね。

結果として、カーブの頂点で停まられると、あちらさんの車体が邪魔をして、フタのない側溝があるほうの道幅が車体分狭くなる。

で、すれ違う方は側溝にタイヤを落とさないように気を付けながら、また隣の自動車に擦ったりしないようにも気をつかいながら抜けることになる。

お願いだから、カーブの頂点で停まるのはやめてちょうだいな。同じ停まってくれるなら、カーブに入らない手前で停まってほしいわけよ。

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夏場に入って、「次はもうないな」と思うラーメン店

冷房の効きがわるくて暑い。

前から入ってみたくて入ったお店だったんだけど――。夏場は「もう次はないな」って思ってしまった。

味はわるくなかったのに。あんなに暑かったら、ひとにも勧めづらいし。

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吸血鬼は不老不死なのになぜ "長老" はお年寄なんだろうね?

妻いわく――(吸血鬼に)成ったときにお年寄りだったんでしょ?

嗚呼、愛する人。

可愛くて、機転も利く君はほんとうに素敵だ。

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旅行客は地元の人に気をつかったほうがいいと思う。

某観光地で見かけた光景。

バスから降りるときに、料金をちょうど用意しないで料金箱に入れてしまった旅行客。あいにくとそのバスではお釣りは出ない。

そのせいで運転手さんがなんだかんだとあとからお釣りを受け取れる手続きを行っていた。何らかの書類のようなものを手渡していたから、営業所だとかそういった場所へそれを持っていけば出なかったお釣りがもらえるようなものなんだろう。

そのやりとりのせいで、バス停で結構長く停まっていることになった。

僕は特に急いでいたわけでもないが、それでも「お釣りが必要ない用意」をしていなかったその旅行者にはちょっとむっとした。車内は空いていて、両替機を使うのは簡単な状況だったし。

さらに、怒りを感じたのは、その旅行者が運転手さんに謝罪も感謝もなんにも口にしないで、書類を受け取ったら無言で降りていったことだ。

あんたなあ、いまどきバスの乗り方ぐらい検索でも何でもしてあらかじめ調べることができるだろうが。普段バスに乗りなれてないのなら調べてきなさいよ。
(小銭がないなら、バスに乗る前にジュースなりなんなりの小さな買い物をして小銭をつくっておくとか、よほど混雑してないかぎりは降りるまでに両替を済ませておくとか、「バスに乗る」という単純な行為でも、他者を気づかう点はいろいろあるよ。)

あるいは、普段乗っているバスはお釣りが出るバスで、それに慣れていたせいでのうっかりだとしても、あんたのうっかりで乗っていた全員が待たされたんだからさ。

少なくとも、運転手さんに「お世話おかけしました」ぐらいは言おうよ。

観光地にだってそこで生活をしている人はいるんだ。
地元の人は、バスがやってくる時間や最寄り駅までの所要時間だとかを読み慣れているから、「このバスに乗ったら、ちょっと早歩きしたら駅でちょうどいい電車に乗れる」とか思って、そのバスに乗ることがあるからね。

普段なら生じない余計な時間が生じると、その電車に乗れないことになる。

「勝手がわからない観光客が増える時期だから、普段通りではなくてもうちょっと余裕をもって出かけたほうがいい」というセリフを、あなたは言ってはいけないよ。

それは、地元の人同士で言っていいセリフだから。

彼らにとってみれば、旅行客であるあなたが異物なんだからね。

僕が見かけたのはバスの乗り降りだったけど、それ以外にも旅行客が地元の人に迷惑をかけていることはあるだろうう。

楽しい気分だろうけど、公の場所では大きな声を出さないとかね。

旅行客は、地元の人に気をつかったほうがいいと思う。

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