日記・コラム・つぶやき

頑張ってくれ! 日立製作所!

ちょっと前のニュースだけど、尿を用いたがん検査の実証実験を今月から始めると、日立製作所が発表した。早ければ、2020年代はじめの実用化を目指すのだとか。

尿検体を用いたがん検査に関する実証試験を開始
(出典:日立製作所のニュースリリース 2018年4月16日)

血液検査より手軽に検査を受けられるというところが利点なんだろうな。
ほかにもたくさん利点があるのだろうけど、医療技術に直に身を任せてお世話になる立場としては、検査が簡単なのは喜ばしいことだ。

僕はずっと昔、身体を壊して、レントゲン撮影を短期間に何度も受けた経験がある。(さいわい、がんではなかったけど)
そのうち、「一定期間に浴びてはいけないとされているX線の量になってしまう」ということで、「レントゲン検査はしばらくできない」旨の説明を医師から受けた。

そんな風に何度も続く類の検査が、尿を取るだけで済む時代が来るかもしれないと思うと、なんか嬉しい。
いろんな検査が続いて、それだけで疲れている患者さんたちが世の中には万といるだろうから。がんだけでなく、さまざまな病の詳細がわかるようになってほしいぞ。

2020年といわず、早く実現してほしいものだ。

日立製作所のサイトにある「企業理念」によると、創業者である小平浪平が掲げた「優れた自主技術・製品の開発を通じて、社会に貢献する」というものを、企業理念としてそのまま変えずに、現在も受け継いでいる。

そして、「日立創業の精神」(彼らはそれを VALUES としている)は、「和・誠・開拓者精神」だ。
それぞれには具体的な意味がある。その中身についてはサイトを参照してほしい。

そんな日立製作所が、いち企業としてではなく、日立グループとして目指す VISION は、

"日立は、社会が直面する課題にイノベーションで応えます。優れたチームワークとグローバル市場での豊富な経験によって、活気あふれる世界をめざします。"

勇ましいじゃないか。頼もしいじゃないか。熱い想いにあふれているじゃないか。

なんか偉そうな口ぶりになってるな。いかんぞ。

まあ僕の態度は横に置いておいて、世界市場で活躍している企業として、優れたチームワークとグローバル市場での豊富な経験によって、活気あふれる世界を目指してほしいじゃないか。

頼むぜ! 日立!

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もっと優しくてもいいと思う。

ガールズちゃんねるの「婚活で晒した醜態」――婚活の場で辛い体験をしてしまった女性の投稿。

ネットのニュースで何となく見かけた。

「(慰めになるので)同様の体験をした人はいませんか」ということなのだけど、ずいぶんと酷い反応を返す人たちもいるもんだ。冷たい反応ばかりじゃないようだけど。

いわゆる "釣り" のネタなのか、本当なのかは別として、「辛かった」と吐露している投稿に対して、傷に塩を塗るような反応をしなくてよいだろうに。

そんなに冷たくしなければならない理由って何があるんだろう? 同じ返すなら、もっと暖かい反応を返してあげたらいいのに。

辛いって言ってんだからさ。

内容が気に入らないなら無視すればいい。書き手をさらに傷つけるようなコメントをしなければならない具体的な理由なんてないだろう。

世の中、もっと優しさがあってもいいんじゃないかなあ。

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2018年の初ツバメ

今日(4月3日)、今年初のツバメを見た。

2017年のときは4月17日だった――と書いているけど、妻が言うにその2、3週間前から飛んでいたということだったから、時期としては昨年並みということか。

今年は妻といっしょに見た。
昨年と違って、妻も今日より前にツバメを見た記憶はないらしい。

新社会人の皆さんの門出と共にやってくるなんて――今年の新社会人の皆さん。新しい季節が始まるって感じがして、なんか嬉しくない?

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2018年の初ウグイス

さっき(3月23日)ウグイスが鳴いた。まだまだ下手だったけど。

昨年の初ウグイスは3月25日だった。
昨年の記事を見てみたら、同じころにやっぱり寒かったようだ。ぜんぜん記憶にないけど。

今年も一昨日と昨日で寒かったもんなあ。

昨年は「せっかく鳴いたのに……」と奴らがへそを曲げなければいい――と心配したけど、今年は「一番寒いときをちょっと外してみました」とニヤッとしているかもしれない。

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いじめていい理由なんてありません。

TBS のドラマ『アンナチュラル』で言っていたセリフ――。

女性がどんな服を着ていようがお酒を飲んで酔っ払っていようが、好きにしていい理由にはなりません。合意のない性行為は犯罪です。

それを聞いて、「いじめられる奴には、いじめられる理由がある」と言っていた人がいたことを思い出した。

そんなものはない! あってはいけない! そんな理由を成立させるのは間違っている! と僕は思っている。

ドラマなどで、「いじめていた側」が、何かの原因で「いじめられる側」になるという描写があったりする。
見ているほうは、「罰が下った」と心理的にすっきりというか、「ざまあみろ」という感覚になったりする場合があるが、それが許されるのはドラマだからだ。架空の話だからだ。

いじめていようがなんだろうが、「いじめ」は、だめだと言っているのだ。止めろと言っているのだ。どのようなことであれ、「いじめる理由」なんてものを設けてはいけないのだ。

「(……という理由があるから)いじめられる」なんてことがあってはならない。

そんなことを言ったら、「いじめられたくなければ、その理由を無くせ」という話になってしまうじゃないか。そんなの、いじめている側が都合がよいだけじゃないか。

王様と奴隷じゃあるまいし、いじめている側の主張を聞き入れなければいけないなんて変だろうが。
ただ「止めろ」。と、それだけのことなんだ。「その理由をなくせ」ではない。ただただ、止めればいいんだ。

相手がどんな人だろうが、何をしていようが、いじめていい理由にはなりません。いじめていい理由があるなんて幻想です。

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いいのか? 宇宙ゴミ。

宇宙開発ベンチャー企業スペースXが打ち上げたロケットには、スポーツカーが積まれていたのだとか。ロケットは火星軌道を目指している。

その昔――40年代、50年代にこの星では海に放射性廃棄物を捨てていた。日本もそうだった。日本は「し尿」も海に廃棄していた。

時が過ぎて、海洋の環境汚染というか負荷というかが知られ始めると、これではいかんという動きが出てきた。
そして、ロンドン条約の1996年議定書において、海洋投棄は原則禁止されたのだとか。(出典:ウィキペディア「海洋投入」)

好き勝手に捨てていたけど、海が汚れるよね。いろんなところに不都合が起こるよね、いい加減にやめようぜ――となったわけだ。

ということで、宇宙ゴミだ。

スポーツカーを打ち上げる? いいのか? 地球の周りではなく火星の軌道に乗せるらしいけど、そもそも宇宙空間には存在していないものという意味では「ゴミ」だといえるだろう。

そのほかには、さまざまな宇宙ゴミが地球の周りを漂っている。
ある環境に好き勝手にゴミを捨てれば、その後どうなるか、人は海洋環境においてすでに経験済みのはずなのに……。

宇宙空間にモノを捨ててくるというか、置いてくるというかの行為は、いいかげんにしておかないと、この先の人類に大きな負担をかけるのではないか。

そんな心配をちょっとしている。
僕は宇宙については何の専門知識もない。だから、見当違いかもしれないけどね。

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わかる人にだけわかる話

TVアニメ『Dies irae』(ディエス・イレ)が面白い。

もともとゲームらしい。
初めて見る僕にはなんだかよくわからない部分もあるけど、物語としては面白い。

カズィクル・ベイがいる! ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンも!

あんたらは、『Fate/Apocrypha』(フェイト・アポクリファ)か!?

Re:CREATORS』(レクリエイターズ)か!?

いや。そもそもの順番でいえば逆か。あっちが、『Dies irae』か!? だな。

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aibo の購入はよく考えたほうがいい。

ソニーが12年ぶりに「自律型エンタテインメントロボット“aibo”(アイボ)」の発売を始めるのだとか。

・ソニーのサイトにある報道資料
エンタテインメントロボット“aibo”(アイボ)を発売 (2017年11月01日 )

旧アイボの表記は AIBO で、全部大文字だった。
新アイボは、全部小文字で aibo となる。

旧アイボと違って、搭載された AI によってオーナーとのやりとりからさまざまなことを学ぶのだとか。

好奇心旺盛なaiboはオーナーからの呼びかけを待つだけではなく、オーナーに能動的に働きかけます。そしてオーナーからの優しい言葉や、笑顔、頭や背中をなでられたことなどを感じ取り、オーナーが喜んでくれることを健気に学んでいきます。
(出典:「エンタテインメントロボット“aibo”(アイボ)を発売」 https://www.sony.co.jp/SonyInfo/News/Press/201711/17-105/)

だそう。

オーナーとの絆をより深く結んでいくことが可能ということだ。旧アイボではできなかったことだ。

そこが要注意だと思うぞ。

だって、壊れることだってあるでしょ? 機械だもの。家族がうっかり踏んじゃってどこか割れたってことも起きるかもしれないしね。
あるいは、ソニーの今後の業績によっては、旧アイボのように「製造中止」ということだってまた起きるかもしれない。

そんなとき、オーナーは築き上げた情のつながりを失うことを受け入れることができるのか。

できなければ、旧アイボよりも深い喪失がそこに待っているはず――。だって、「オーナーが喜んでくれることを健気に学んでいく」んだよ。

新アイボをけなしているように取れたらごめんなさい。その意図はない。

僕が言いたいのは、より絆を深められる機能を備えているからこそ、もしものときに、喪失と向き合い、受け入れることができるかどうか、aibo を壊したのが自分の家族であるとき、そのことを昇華できるのか、などなどをしっかりと自問自答してから購入したほうがいいと思う――ということ。

だって、そのときがきて、つらくなるのはオーナーさんだからね。
aibo は機械だけれど、生き物を飼い始めるときと大きく変わらない心構えがいるだろうと思うわけよ。

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「完成車検査」は本当に必須なの?

無資格の従業員に「完成車検査」をさせていたことが判明した日産自動車。

完成車検査とは、新車を出荷する前に行う最終のチェックのことで、道路運送車両法などに基づいて各社が認定した「検査員」が実施するのだとか。

日産では資格をもたない人による検査が常態化していたらしく、しかも偽装のためのハンコを貸し出すなどしていて、どうも組織ぐるみでやってましたよ感がありありらしい。

でも! だ。

自動車が世に普及し始めた時代ならともかく、技術がはるかに向上し、「うちの社が作る自動車の安全性には絶対の自信がある」といった状態でいつでも、どこでも生産が可能な時代になってくると、完成車検査というものを国が定めることに、はたして意味があるのか? という気は僕にはする。

西川社長が会見で言っていた言葉――「検査そのものは確実に行われており、安心・安全に使っていただける」――つまり、「無資格の人が完成車査をしていた」という手順の問題であって、検査の時点では完成している車両の品質がなんら汚されるものではないということだ。

社長の言葉をそのまま信じればということだけど。僕は信じたい。

「こんな検査の手順を経なくても品質には何にも問題がない」とわかりきっている状態の車両の完成車検査を、法に定められているからといってやり続けなければいけないとなると、どこかで「この手順は誰がやっても何の影響もないだろう」と考え始める――気持ちとしては理解できる。

それだけコストがかかり、かかったコストは消費者の購入額として返ってくるのだし。
より良い製品をより安価にと考えるなら、不要な手順は省きたいと思うのがまっとうな経営というものだろう。
(国の委託を受けているなら委託費が出てるだろうけどねえ。コストが回収できてかつ潤沢な利益になるような額ではないだろうなあ……)

日産がそう考えているという話ではない。そう考えた人たちがいても、そのことを心情として僕は理解できるという話。

だからといって世間からは「いいんじゃないの」とすませてもらえないだろうけど、国が法として定めている内容が、時代に合わなくなっているのではないかという振り返りを、国と企業が肩を組みあって行う必要がある気がする。

たとえば、車検だ。

それこそ大昔なら国が介入して自動車の安全性を維持・向上させようとする仕組みとして意味があったと思う。

でも、技術革新が進んできたこの時代に、数年ごとの車検なんて不要なんじゃないか? と思うことは僕にはある。
運転者が気づいていないうちにどこかが緩んでいて危険な状態に――とかあるといえばあるだろうから、まったく車検は無しというのは難しいかもしれないけれど、3年とか2年ごとというのは期間が短すぎだろうと思うのだけど。

今の時代の自動車はそんな間隔で点検しなければならないような品質ではないだろうに。
(とはいえ、車検はもう経済の仕組みの一つとして長い年月が経ってるから、いまさら止めるとか期間を延ばすとなると、整備工場の死活問題になってくる。難しいところだ。)

完成車検査も実態はそんな感じになってたんじゃないのかなあ。ひょっとしてだけどね。

「完成車検査なんて、無くせばいいんだよ。あれを無くしてどうにかなるような車を作っているメーカーなんて、いまどきいないよ!」と、自動車業界の人たちがあちこちで言っているような気が僕にはする。

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肉眼より美しいのはやめて。

スマートフォンやデジタルカメラで撮影した風景が、美し過ぎる。

某メーカーのもので、会社の近くを流れている川を撮ったのだとか――。なんじゃこりゃ!? の美しさだった。

ちょっと段差があって、上流からの流れがそこで少し落ちている。
その落ちたあたりの水面に立つ泡の細かい様子がなんと綺麗に写っていることか。

どこの「日本清流百選」だ? というぐらいの印象。

気になるのは、肉眼で見たときとの差だ。
肉眼で見るとそんなに美しく見えない。そこにあるのは、地方の中小企業の敷地の前を流れている小さな川。

いいのか? 実際に見たよりも美しいって……。

「○○へ行ってきたんだ。ほら」

「ウワー。きれいだねえ」

「へへへ。そうでしょう」

「僕も来週行ってみるよ」

「ぜひぜひ」

来週――「なんか違う……」――なんてことになるだろうが!

人生、それでいいのか!? いいんだろうなあ。時代の変遷というものか……。

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