日記・コラム・つぶやき

アプリの修正をやってくれたら嬉しいぜ。

タニタの体組成計を買った。

スマートフォン用のアプリをダウンロードすれば、計測した数値を日々入力しておける。それらを使ってグラフ表示できたりする。

計測は自動で行われる。あらかじめ、男性〇歳、年齢〇歳、身長〇cmなどと人物情報を入れておけば、電源オフの状態でも載るだけで電源オンになり、計測が始まる。

驚きなのは、僕が載れば「男性」、妻が載れば「女性」として登録した情報が自動的に呼び出されて計測が始まることだ。

体重の違いとかを基本にして判別してるんだろうか? 仮に、男性も女性も年齢や身長など全く同じ情報が入っている場合でも、載っている人の人物情報を呼び出してくれたりするのか?

ちょっと気になるがまあ細かいことはとにかく、これは便利だ。最近では当たり前の機能なんだろうけど、未来が来ている感がするのが楽しいぞ。

「載るのが楽しい」というのは、体組成計としては、かなり点数が高いといっていいんじゃないか。

ただ少しだけ、アプリにほんのわずかな不満がある。

計測が終わると、体重や筋肉量、内臓脂肪レベルなどを順に画面で確認できるのだけど、それを見ながらアプリの該当欄に数値を入れていくと、途中で順番が1つ入れ替わっているのがある。

たとえば、体組成計の画面では、体重→筋肉量→内臓脂肪レベル→体年齢というように進んでいくとすると、アプリの入力欄は、体重→筋肉量→体年齢→内臓脂肪レベルになっている。
(たとえばだからね。実際の表示内容や順序は記憶してない。念のため。)

アプリの入力欄の上から順に入力していく最中で、「筋肉量」を入れたらいったん画面を少し上に送って「内臓脂肪レベル」を入力すると、また下に戻して「体年齢」を入力することになる。

たった1か所なのだよ。あとは、画面とアプリの入力欄の並びは合っているのに――それだけによけい残念だ。

タニタさん。たった1か所――アプリを修正してくれたりしないかなあ。社員さんがもしここを見るようなことがあったら、やってくれたりする?

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パンダが生まれた――和歌山でだ!

我が故郷である和歌山の『アドベンチャーワールド』で、8月14日(火)ジャイアントパンダの赤ちゃんが誕生した。
「永明(えいめい)」(オス・25歳)と「良浜(らうひん)」(メス・17歳)との間にできた子で、2年ぶりの赤ちゃん誕生だとか。

前にも同じことを言ったが――東京のテレビ局は大々的に報道しろよ!

アドベンチャーワールドでは、これまでに15頭のジャイアントパンダの繁殖に成功していて、今回が16頭目だぞ!

上野動物園なんて泣きながら裸足で逃げるんじゃないか?!

なぜだ? なぜ大きく報道しない? 世界トップクラスの繁殖・飼育技術と実績が国内に――和歌山県に――あるのだぞ!

その事実は、広く国民が知っておくことに十分以上の価値があると、私は思うが、あなたたちの見解は如何に。

全国ネットのテレビ局ならなおのことだ。全国を網羅しているくせに、パンダ誕生のニュースで東京偏重なんてローカル根性丸出しにするなよな!

まったく地方というか――東京以外――をなめているとしか思えないぞ。というのも、ご存じだろうか、ジャイアントパンダは神戸市立王子動物園にもいるのだ。

なぜか、東京のテレビ局はそのことにもあまりふれない。

関西方面に遊びに来た人は、兵庫県と和歌山県でパンダを見ることができるのだよ。
厳島神社と伊勢神宮を弾丸ツアーした人がいたけど、弾丸でなくてもパンダに会えるのが、兵庫県と和歌山県だぞ。すごくないか?
(パンダが東京にしかいないと思っている人は、けっこういそうな気がするなあ。)

これが上野でのことなら、「できそうだ」というだけで周辺の人たちを取材し、「できた」となったらバラエティ番組でもさらに大はしゃぎして、周辺取材も嬉々とした様子で行ったり、日本パンダ保護協会名誉会長の黒柳徹子さんに話を聞きに行ったりするくせにねえ。
(某国営テレビ局も、そこそこはしゃぐし。)

ひょっとして、聞きに行っているのではないのか?
黒柳さん側から「パンダの子供ができたのだから、コメントを聞きに取材に来て」と言ってきたりするのか? 

まあ、生き馬の目を抜く芸能界だ。そのぐらいのやり取りがあっても驚きはしないが。

もしそうだとしたら、黒柳徹子さんの事務所に言わないといけない。和歌山でパンダが生まれたんだからさ。コメントを発表してくださいよ!

そのあたりの芸能界のしきたり的なものは知らないし、どうでもいい。

とにかくだ! 東京のテレビ局は、和歌山でパンダが生まれたと、もっとド~~ンと報道しなさいな!

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バッテリー上がりぐらい助けてあげたいよ。

時間は夜の7時ごろ。某所で用を済ませて外へ出ると、出会った光景。

その男性は自動車のバッテリーが上がってしまったらしくて、そばを通った男性に声をかけて充電させてほしい旨を伝えていた。

ところが、声をかけられた方は、それを拒否。
すぐ隣で路上駐車してあった自動車に乗り込んで行ってしまった。

いやいや。特に急いでいた風でもなかったけど、バッテリーが上がってしまって困っている人を見捨てなくてもいいだろうに。

なんかの理由があって、声をかけてきた人のことを気に入らなかったのかもしれないけど。

あるいは、他の自動車も人も通りが少ない夜の路上で自動車を充電させてほしいと知らない人から声をかけられて、ハイハイと了承するほうがおかしいのかもしれない。
今どき、何をされるかわからないしね。「いいですよ」と背中を向けたら、いきなり刺されたとかあってもおかしくない。

とはいえ、どう見ても困っている様子だし、ブースターケーブルを持ったまま泣きそうな顔をしていたしで――かわいそうなので「大丈夫ですか」と声をかけたら、当然充電させてほしいと頼まれた。

もとよりそのつもりだったので、道路の反対側に路上駐車してあった自分の自動車を移動させてきた。

乗用車がすれ違いできるほどの道幅はあったけど、気持ち狭い道だし、ボンネット同士を向き合わせにしないといけないので、あちらの自動車の正面に止めるのに少々手間取った。

「ああ、さっき行っちゃった人は、これがやりたくなかったのかも……」と、思いついたけど、それにしてもだ――困っている人が目の前にいるのだし、もう少し対応というものがあったろうにとも思った。

「ごめんなさい。運転が得意じゃなくて。この道幅で向きを変えるのは自信ないです」とか言えば、バッテリー上がりを起こしていたほうも、「いえいえ。そんな。急に呼び止めてすみません」ぐらいの気持ちになれたろうに。

充電は無事終わり、特にトラブルはなく、その人は嬉しそうな表情でお礼を言ってくれて去っていった。
とはいえ、さっきもふれたように、知らない人から夜道で充電を頼まれてすんなり受けるのは危ないといえば危ない。

結果オーライではあったけれど、ひょっとしたら不用心なことをしてしまったのかもしれないという気持ちも少しある。

最近なかなか見かけることのない「バッテリー上がり」――夜に知らない人から頼まれた充電をすんなり了承してよいものかどうか。

こんなことが気になるなんて、なんて世の中だ。

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出版元より高い Amazon での価格

新聞で紹介されていておもしろそうだと思った本を、Amazon でさっそく買おうとした。

それで、ふと気づいたのが「Amazon のページで表記されている価格のほうが、新聞の書評欄に載っている価格より高い」こと。

何かの間違いかと思って、出版元のサイトで確認してみた。
そちらに載っている価格は、新聞の書評欄に載っているものと同じだった。

おかしくないか? なんでそうなる。

買おうとしたのは次の2冊。いずれも電子書籍ではなく、紙の本だ。

で、各出版元にあるページがこちら。

前者の場合、出版元では2,052円(税込み)となっているけど、Amazonでは2,779円とかだったりする。後者の場合は、税込みで1,620円なのに、2,397円とかになってるしで。

おいおい。出版元が表示している価格より、高い価格で売ってるってどうなのよ。
僕は出版業界のルールは全くの門外漢なので、業界的にはぜんぜんおかしくないのかもしれないけどね……。

Amazon のサーバーは日本にないから、全然違う価格で売っても問題ないとか?

仮になんだかんだとややこしい大人の事情があるとしてもだ――気づかずに Amazon のボタンをクリックしてたら、数百円とはいえ無駄に高い価格で買ってたということだよな。
いち消費者としては、なんだかなあな気分だぞ。

今までも気づいてなかっただけで、Amazon で紙の本を買ったら、出版元の価格より高く買ってたのか?

どういうからくりに基づく、商習慣的・制度的・法的・論理展開の末の決着なんだろ――。わからんぞ。

'18/6/13追記:
さっき見たら、Amazon のページで両方とも出版元と同じ価格が表示されてた。なんだったんだろ? スクリーンショットを取っておくべきだったかな。

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コハダ、覚えてる?

妻と入った回転ずし店。隣にいたカップルの男性の方が、目の前にいるお店の人にかけた言葉。

たしかに、あなたはコハダを注文していたよね。まだ来ないな――と思っても仕方がないくらい時間がかかっていたのかもしれない。

それにしても、「コハダ、覚えてる?」ってなんだろ? しかも、店員さんとはいえ、あきらかに年上だとわかる人に向かって言うには失礼な言い方だなあ。

礼儀ってものがあるだろうに。せめて「コハダ、まだですか?」ぐらいじゃないかと思うのだけど。

だいたい、「覚えてる?」って尋ねることに何の意味があるんだろ?

あなたは早くコハダが欲しい――。その目的を出来るだけ速やかに達成することを考えるなら、(注文が入っていたことを)覚えているかどうかの確認ではなく、コハダがまだ手元に来ていないことを告げるのが、より効果的だろうに。

そういうのを嫌味っていうんだ。

「そうだよ。嫌味を言ったんだよ」と最初からそのつもりだとしたら、いっしょにいる女性のことを思ってあげてほしいぞ。
いつか周りから「"そんな嫌味を平気で言う男" といっしょにいて、それでいいんだ」って思われて、彼女自身の評価を下げるときがくるよ。

というか、もう下がってるかもしれないけど。それも2人そろって。

まあ何にしても、いつでもどこでも、相手が誰であっても、「コハダ、覚えてる?」式の「嫌味による注意喚起」は、やめた方がよいと思うよ。

たとえ嫌味だとかなんだとかいう意識は何にもなくても、そんな尋ね方を受けて、嬉しい人はいないだろうし、「忘れないようにしっかりと覚えておかなくちゃ」なんて意識になるのか? といえばあやしいし。
それを続けていくことで、あなたにプラスになることがあるかというと、たぶん、それも無いだろうなあ。

見知らぬどこかのあなたへ。

他者も嬉しくないし、自分にもプラスにならない。だから、そんな言い方は早くやめなよと、僕としては言いたい。

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頑張ってくれ! 日立製作所!

ちょっと前のニュースだけど、尿を用いたがん検査の実証実験を今月から始めると、日立製作所が発表した。早ければ、2020年代はじめの実用化を目指すのだとか。

尿検体を用いたがん検査に関する実証試験を開始
(出典:日立製作所のニュースリリース 2018年4月16日)

血液検査より手軽に検査を受けられるというところが利点なんだろうな。
ほかにもたくさん利点があるのだろうけど、医療技術に直に身を任せてお世話になる立場としては、検査が簡単なのは喜ばしいことだ。

僕はずっと昔、身体を壊して、レントゲン撮影を短期間に何度も受けた経験がある。(さいわい、がんではなかったけど)
そのうち、「一定期間に浴びてはいけないとされているX線の量になってしまう」ということで、「レントゲン検査はしばらくできない」旨の説明を医師から受けた。

そんな風に何度も続く類の検査が、尿を取るだけで済む時代が来るかもしれないと思うと、なんか嬉しい。
いろんな検査が続いて、それだけで疲れている患者さんたちが世の中には万といるだろうから。がんだけでなく、さまざまな病の詳細がわかるようになってほしいぞ。

2020年といわず、早く実現してほしいものだ。

日立製作所のサイトにある「企業理念」によると、創業者である小平浪平が掲げた「優れた自主技術・製品の開発を通じて、社会に貢献する」というものを、企業理念としてそのまま変えずに、現在も受け継いでいる。

そして、「日立創業の精神」(彼らはそれを VALUES としている)は、「和・誠・開拓者精神」だ。
それぞれには具体的な意味がある。その中身についてはサイトを参照してほしい。

そんな日立製作所が、いち企業としてではなく、日立グループとして目指す VISION は、

"日立は、社会が直面する課題にイノベーションで応えます。優れたチームワークとグローバル市場での豊富な経験によって、活気あふれる世界をめざします。"

勇ましいじゃないか。頼もしいじゃないか。熱い想いにあふれているじゃないか。

なんか偉そうな口ぶりになってるな。いかんぞ。

まあ僕の態度は横に置いておいて、世界市場で活躍している企業として、優れたチームワークとグローバル市場での豊富な経験によって、活気あふれる世界を目指してほしいじゃないか。

頼むぜ! 日立!

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もっと優しくてもいいと思う。

ガールズちゃんねるの「婚活で晒した醜態」――婚活の場で辛い体験をしてしまった女性の投稿。

ネットのニュースで何となく見かけた。

「(慰めになるので)同様の体験をした人はいませんか」ということなのだけど、ずいぶんと酷い反応を返す人たちもいるもんだ。冷たい反応ばかりじゃないようだけど。

いわゆる "釣り" のネタなのか、本当なのかは別として、「辛かった」と吐露している投稿に対して、傷に塩を塗るような反応をしなくてよいだろうに。

そんなに冷たくしなければならない理由って何があるんだろう? 同じ返すなら、もっと暖かい反応を返してあげたらいいのに。

辛いって言ってんだからさ。

内容が気に入らないなら無視すればいい。書き手をさらに傷つけるようなコメントをしなければならない具体的な理由なんてないだろう。

世の中、もっと優しさがあってもいいんじゃないかなあ。

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2018年の初ツバメ

今日(4月3日)、今年初のツバメを見た。

2017年のときは4月17日だった――と書いているけど、妻が言うにその2、3週間前から飛んでいたということだったから、時期としては昨年並みということか。

今年は妻といっしょに見た。
昨年と違って、妻も今日より前にツバメを見た記憶はないらしい。

新社会人の皆さんの門出と共にやってくるなんて――今年の新社会人の皆さん。新しい季節が始まるって感じがして、なんか嬉しくない?

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2018年の初ウグイス

さっき(3月23日)ウグイスが鳴いた。まだまだ下手だったけど。

昨年の初ウグイスは3月25日だった。
昨年の記事を見てみたら、同じころにやっぱり寒かったようだ。ぜんぜん記憶にないけど。

今年も一昨日と昨日で寒かったもんなあ。

昨年は「せっかく鳴いたのに……」と奴らがへそを曲げなければいい――と心配したけど、今年は「一番寒いときをちょっと外してみました」とニヤッとしているかもしれない。

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いじめていい理由なんてありません。

TBS のドラマ『アンナチュラル』で言っていたセリフ――。

女性がどんな服を着ていようがお酒を飲んで酔っ払っていようが、好きにしていい理由にはなりません。合意のない性行為は犯罪です。

それを聞いて、「いじめられる奴には、いじめられる理由がある」と言っていた人がいたことを思い出した。

そんなものはない! あってはいけない! そんな理由を成立させるのは間違っている! と僕は思っている。

ドラマなどで、「いじめていた側」が、何かの原因で「いじめられる側」になるという描写があったりする。
見ているほうは、「罰が下った」と心理的にすっきりというか、「ざまあみろ」という感覚になったりする場合があるが、それが許されるのはドラマだからだ。架空の話だからだ。

いじめていようがなんだろうが、「いじめ」は、だめだと言っているのだ。止めろと言っているのだ。どのようなことであれ、「いじめる理由」なんてものを設けてはいけないのだ。

「(……という理由があるから)いじめられる」なんてことがあってはならない。

そんなことを言ったら、「いじめられたくなければ、その理由を無くせ」という話になってしまうじゃないか。そんなの、いじめている側が都合がよいだけじゃないか。

王様と奴隷じゃあるまいし、いじめている側の主張を聞き入れなければいけないなんて変だろうが。
ただ「止めろ」。と、それだけのことなんだ。「その理由をなくせ」ではない。ただただ、止めればいいんだ。

相手がどんな人だろうが、何をしていようが、いじめていい理由にはなりません。いじめていい理由があるなんて幻想です。

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