日記・コラム・つぶやき

それに何の意味があるんだ?

「今年の新入社員は○○型」、「理想の上司を動物に例えると?」などの話題を見聞きするたびに思う――それって何の意味があってやっているんだ?

型名をつけることで、動物に例えてもらうことで、何がどうなるんだ?

そのことに、何かしらの科学的な根拠がありますとかいうなら、まだわかるけどねぇ。たぶん、やっている人たちが、ただやりたいだけなんだろうなぁ。

あるいは、僕なんかが想像もつかないような深い意味があったりするのか――。

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他人の不幸を撮影するのはやめないか。

他人の不幸を撮影する人たちがいる。

家が火事で燃えているとか、子供が川で流されているとか、そういうのを撮影して Facebook だの Twitter だので公開する人もいる。

そういうのを借りてニュース映像として使うテレビ局もある。

ニュース番組が「こういうことがあった」と世間での出来事を放送するのに、何が起きていたかが映っている映像があれば、それを使いたいと思うこと自体は理解できる。
仕事なんだから、映像がほしいと望むこと自体は当たり前だろう。

でも、人の家が燃えている様子や子供が川で流されている様子を、ニュース番組の制作に携わってもいない人が撮影するのは、どういった理由からだろう。

「助かってよかったね」という様子まで映っているんだから、それはそれでいいでしょうと思っているんだろうか。
それはあくまで結果的な話だ。出来事に気づいてレンズを向けだしたときは、結末がどうなるかわからない。

レンズを向けたとたんに最悪の結果が起こるかもしれない。

それでも撮ろうと思うのはどういう心理なんだろう? あとあと自分が撮った映像がテレビで使われると、ちょっと周囲に自慢できると思っているのか?

もしそうなら、その心理ってかなりやばいぞ。

人の皮膚が焼け爛れ、まだ意識があって建物の中でもだえ苦しんでいる最中かもしれない火災、子供が川に落ちて、水を飲んでしまう辛さと、溺れ死ぬかもしれない恐怖に怯え、岸辺にいる家族からどんどん離れていく不安に苛まれながら流されている様子などなどを見ながら、「これを撮っておいたら自慢できるかも……」と感じているなんて。

他人の不幸を撮影するのはやめないか。

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絶対に普及してほしくないテクノロジー

映画『マイノリティ・リポート』で、トム・クルーズが両手にはめたグローブで操作していたインターフェース。

だって、間違いなく肩がこるでしょうが。一日中手を持ち上げた状態で仕事するなんて――いやです。

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2017年の初ツバメ

月曜日(4月17日)に今年初のツバメを見た。2016年のときは4月13日だった。

でも、妻によると「2、3週間前から飛んでた」んだとか。

昼間は基本的に会社から外へ出ないからなぁ。実はこれまでも、もっと早く飛んでいたのに違いない。
去年、もっと早く見かけた気がしたのは、見間違いではなかったに違いない。

だって、昼に外出したら飛び回ってたし。僕の知らない昼間の出来事――。

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2017年の初ウグイス

3月25日の土曜日、うちの近くでウグイスが鳴いた。
昨年は3月8日だった。

2017年の初ウグイスだ。

もうすぐ3月は終わり。奴らも「いいかげんもう鳴かないといかんなあ」と思ったのか――。

なんて考えていたら、なんだこの寒さは?
「せっかく鳴いたのに……」って、奴らがへそを曲げなければいいけど。

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前時代的? なアサヒビール某工場

妻の知り合いの話。
アサヒビールの某工場でパートタイマーとして勤めることが決まったのだとか。

それで妻が聞いてきた話に驚いた。

その工場には、仕事をするときに着替えるちゃんとした仕事着があるのだけど、工場までの通勤時にジーンズの着用は禁止なんだそうな。

面接官いわく――社会人として恥ずかしくない恰好をしてきてください――だって。

なんじゃそりゃ!?

来たら着替えるんでしょ? だったら、ジーンズで来てもいいじゃないか。なんだよ。社会人として恥ずかしくない――って。

仕事場がお客さまと直に接する場所というなら、ジーンズはやめてくださいというのはなんとなくわかるけど……。

仕事場まで来るのにジーンズが社会人として恥ずかしい身なりだなんて誰が思うんだ?

着替えるのに――。

ジーンズ禁止――。

僕に言わせると、なんかバカらしい気がする。
そんなバカみたいなことを本気でやってしまう会社が作るビールを飲むのは、ちょっとやめようかな。

スーパードライが好きなんだけどねぇ。

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好きにすればいいんじゃないか。

速水もこみちさんがテレビでやっている『MOCO'Sキッチン』について、オリーブオイルの量が、一品料理にしては多すぎるのではないかといった意見が、放送倫理・番組向上機構に寄せられているのだとか。

他にも、「身体によいものでも、使いすぎるのはどうか」とか「視聴者の健康や家計に配慮すべきではないか」といったような意見もあるのだとか。

なんだかなあ――だな。

「多すぎる」と思ったなら、自分で作ってみるときに量を調整すればいいじゃないか。
家計に配慮すべき? ――って、自分ちのエンゲル係数ぐらい自分で管理しなさいよ。
使いすぎは健康によくない? ――そう思うんだったら、減らせばいいでしょうが。

ひょっとして「量は好みによって調整してください」とか、何らかの指示がないとそのまま作らなければならないと思い込んでしまうので困るというのか?
まさか、あんたは「白線の内側をお歩きください」と駅の放送で言われたから、白線の内側を歩いているのか?

「白線をはみ出してるのはわかってたけど、足を痛めていて、なるべくよけいな動きをしたくなかったからそのまま歩いていたら放送で言われたので痛いのを我慢して白線の内側まで移動した。放送がなかったら痛い思いをしなくてよかったのに。駅利用者の健康に配慮した放送をしてくれ」――とか、どこかに意見を言ったりしてるのか?

う~ん。最後のは、言う人がいそうな気がするな――。

伝えられている通りに作ってみたら「オイルの量が多すぎ」って驚いたというのは、それはそれで実際にあったんだろうな。

だったら、「その通りに作ってみたけど、うちの家ではもうちょっと薄いほうがいいな」とか、「もっと濃いほうが私は好みだな」とか「その通りに作ったら確かに美味しいけど、材料費がかかるし、作るなら月に一回かも」とかどうとか――すればいい。

料理番組というかレシピというかは、そんなもんだろうと思うのだけど。違うのか?

驚いたので、文句の一つも言いたいという気持ちがあるのかもしれないけど――。それにしてもなぁ。

料理番組で使っているオイルの量が多い――そんなこと、わざわざ伝えている時間があるなら、好きに作ればいいじゃんないの?

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『歩行者優先』は、「歩行者は何にも考えなくてよい」ではないからね。

僕の前を走る1台の自動車。

後ろにいる僕からもその一人の歩行者は見えていた。
その歩行者は、横断歩道の少し手前まで来たとき、ちょっと顔の向きを変えた。そのとき、かなり近づいている自動車が見えていたはずだ。

だって、その人は横断歩道に近づきながら、「これから私が渡るのだから、あなたまさかそのまま進んでこないでしょうね」というような、いかにもな表情を僕の前を走る自動車のドライバーに向けていたから。

で――そのままの流れで横断歩道を渡りだした。

僕は車内で思わず叫んでしまった。「危ない!」って。

だって、渡りだしたタイミングは、もうそのタイミングでは自動車は止まれないよって感じのタイミングだったから。

「歩いていた」というだけで、タイミング的にはまったくの「飛び出し」だった。

僕の前を行くその自動車は当然急ブレーキ。幸いぎりぎりで止まることができた。

後ろから見ていて、「よく止まれたな」と変な感心をしてしまった。僕は車間距離をそこそこ開けていたので、それほど慌てずに止まることができたけど。

『歩行者優先』という考え方にはもろ手を挙げて賛成する。でも、それは、「歩行者は何にも考えなくてもよい」ではないぞと思ってしまったよ。

危ない渡り方をしたらだめでしょ。だからこそ、子供には「右見て左見て、もう一度右を見て」と大人が教えるわけでしょうが。

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生存が確認された――スペースで位置合わせする人々

気の向いたときに更新していたらずいぶんと間が空いてしまった。

かなり衝撃的なファイルに出会ったので書かずにはいられなくなってしまった。
タイトル通り――こういう人々が、いまだにいるんだねぇ。しかも複数人が確認された。

びっくりだよ。いつの時代の話だ? さらに、しかもしかも、パワーポイントでだ。

ワードやエクセルだったら驚かないのか? という話じゃないけどさ。
パワーポイントのプレースホルダーやテキストボックスって、Enterキーあるいは Shift+Enter を押したら文章の頭の位置は合うでしょうに。

それをスペースをいくつも入れて1行目と2行目とかの頭の位置を合わせている――。これは誰だって驚くでしょ?

いったいどのくらいの時間をかけて入力したのか。その某組織内では、そういう入力をしている人がいることをどう考えているのだろう。

把握していないのか? そうだよな。きっと。

知っていたら、スペースを使わなくてもいいんですよって教えてるよな。
あるいは、周囲は知っているけど放置しているのか。はたまた、周囲から教えてもらっているのに本人たちがかたくなにスペースを使っているのか。

疑問は尽きない。

パワーポイント上でスペースでの位置合わせ――。21世紀の現代でも、なぜ起こるのか解くことができない不思議の一つ。

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28度なら28度にしてくれ。

室内が暑い。

エアコンの設定温度は「28度」にしてあるそうだ。節電のためだって。

「28度」にしておけば節電効果が一番高いとかいうわけではない。
労働安全衛生法で室内の温度は17度以上28度以下(湿度も決まりがあるのだとか)となっているのが、節電のためと称して28度に設定する根拠というか、基準というか――といったよう。

でもさぁ、設定温度28度にしていたら、人が増えてきたりパソコンやら何やらが発する熱で室内の温度はもう少し上がるよね?
ちょっと前に先出の法を踏まえて「設定28度」というのは違法ではないかという話題があったけど、僕が言いたいのはそんなお堅い話ではない。

28度ならそれでいいから、28度であり続けてくれという話。つまり「設定28度」ではなくて「室温28度」を維持しようとしてくださいなということ。

寒いという人だっているだろうから、もっと下げてくれとは言わない。でも、28度に設定しておいて室温が上がってきたら、28度を目指してエアコンを調節してほしいわけさ。

その過程でちょっと冷えすぎたり、あるいはなかなか室温が下がらなくてまだ暑いということだってあるだろうさ。それは仕方がない。厳密な室温の制御なんて贅沢な話だ。

ただ、「暑くなってきたから少し下げていい?」とか、「ちょっと冷えてきたね。温度少し上げてもいいかな」とか声を掛け合いながら、そのあたりはうまくやっていきましょうということを言いたいのだよ。

だから、28度ならそれはそれでいいから、上がってきたら下げてほしいよ。

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