日記・コラム・つぶやき

2020年の初ツバメ

今日(4月1日)、今年の初ツバメを見た。
昨年、ツバメを見たのは4月6日だった。

昨年、「このあたりでは4月3日ぐらいがツバメのシーズン始まり」なんて書いたけど、まあ今年も例年通りといってよい到来だ。

実は、3月27日にツバメを見た気はしていた。
「一瞬視界を横切った影がツバメに思えた」というだけだったけどね。

「平成」時代に生まれたツバメたちだ。

「令和」の国にようこそ。
コロナウィルスで、世界は大変なことになっていますが、あなたたちはお元気ですか。

僕らの国では、本来なら社会に出る新しい人たちが、今日は自宅でそのときを迎えたりしています。

吉報をもたらすといわれてるあなたたちへ。
世界にも、この国にも、どうかその吉をわけていただけますように。

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2020年の初ウグイス

今日(3月9日)、ウグイスが鳴いた。

昨年の初ウグイスは3月11日だった。その時の記事を見ると、19年の3月11日は暖かかったようだ。
天気予報ではうちのあたりは、19年のころと同じで今日は暖かいのだとか。

「縁起の良さ」の象徴としても知られるウグイス。
別名は「春告鳥(はるつげどり)」。

洋の東西を問わず、ウィルス騒ぎで大変な世の中に良きことをもたらしてほしい。

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『高天原探題』を NHK でやっていた。

NHK オーディオドラマ「青春アドベンチャー」で『高天原探題』をやっていた。

もう終わってるじゃないか。
知らなかったぞ。なんでもっと大々的に宣伝してくれなかったんだ。作者の三島浩司(みしまこうじ)さんのTwitterでもふれていたのに。

これ、原作を読んでけっこう気に入っていたのだ。
(同じ作者の『ダイナミックフィギュア』も感動して、前にこのブログで感想を書いたしで。)

聞きたかったよ〜。聞き逃しの放送も終わってるしで。

NHKさん。
「聞き逃し対応」だけではなくて、「ずいぶん経ってから知った人」対応とかもやってもらえませんかね?

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コンビニのレジの人へお願い

「袋はいらないです」と伝えたときに、ペットボトルのラベルの「ここからはがす」みたいな切り取り部分の上をまたぐようにお店印のテープを貼るのはやめてほしいです。

「テープを貼るな」といってるんじゃないです。"そこ" に貼らないでというお願い。
捨てるときにラベルをはがそうとすると、そのテープのところでひっかかってラベルがうまくはぎ取れなくなる場合があるのですよ。

なので、テープを貼るときはそこは避けてほしいです。

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必殺技みたいな……

"アルビオングランドエターナルハンド!"

ずいぶん強そうな響きだ。これは究極の秘奥義というやつだな。
それも、この技を使うやつは絶対「悪」じゃない。

この技の名前からして、「光の巫女」とか、「聖勇者」だとか「聖なる白騎士」だとかいう二つ名を持っている人物に違いない。

使い手はこの技抜きでもかなり強いぞ。そして、技自体は放てば、それで勝負が決まる系だ。

たとえ、伝説の「豪獣龍」の鱗でつくった盾でも防げないのだ。

欠点は「連発」できないことと膨大な "心力" を消費すること。
この技を放って、もしも相手に避けられたなら、もうあとがない。そういう意味で生死を賭けた最後の大技だ。

とはいえ、その破壊力もたいていの大型兵器を超える。
一度放たれれば、あたり一面の物だろうが、生命だろうが、空間だろうが、魔力だろうが関係なく広範囲が消滅に至る。

そういう意味でもう一つの欠点が、味方を巻き添えにする可能性が高いということ。

そして、こういう清らかな響きの技の使い手は、たいがい身体をはってでも味方を守ろうする。
なので、味方が完全に安全圏にいるとわかっているときでないと使われることはない。

それが、これだ

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多いのか、少ないのか。

『現金以外お断りのお店は、少なくない。』

某所で見かけた一文。一瞬、何を言っているのかわからなかった。

現金以外お断りのお店はたくさんある。——ということなのね。

「お断り」という否定を表す表現と、「少なくない」という表現が入っているので、理解しづらいのかな。
戸惑うのは僕だけか。

誰にでもわかりやすい文章を書くって難しいなあと感じた出来事。

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ユーミンの『ノーサイド』って……。

最初に正直に告白しておくと、僕はスポーツはやるのも、見るのもからきしだめ。見てもルールがわからないし。
やりたいけど苦手というのではない。そもそもスポーツに興味がないのだ。

プロレスやキックボクシング、総合格闘技は見るのは大好きだ。
(なぜか、ボクシングはあまり興味がないけど。)

でも、「プロレスや格闘技はスポーツじゃない」という人たちが世間にはいるから、ここでは一応「スポーツに興味がない」と言っておこう。

どのぐらい興味がないのかというと、野球のポジション全部を言えるようになったのは成人してからだった。

その他スポーツについての僕の知識は、あなたの想像通りだろう。

そんなこんなの僕ちゃんだからというか……これからふれることが恥ずかしいので、あまり大きなお怒りをよそ様からもらわないように、ちょっと可愛子ぶっておこうと思う……逆効果かもしれんが。

ユーミンの『ノーサイド』の歌詞って「ラグビー」の風景なんだってね。

「サッカー」の試合が終わったのだとずっと思っていたぞ。

『ラグビーワールドカップ2019』が、ここ日本で今まさに開催中だからだと思うけど、ラグビーに関する情報が何かと耳や目に入ってくる今日このごろでございます。お元気ですか?……閑話休題。

いや。だから、「芝生の匂い」だとか「キック」だとか「ゴール」とか言ってるんだもんの。

それらが全部そろっていて僕が知っているスポーツは「サッカー」だったのよ。

悪いか! いけないか! そうだよ。知らなかったよ! ずっと、ずっと知らなかったよ! 知ったのは最近だよ!

悪かったよ。ごめんなさいね!

貴君に優しさというものがわずかでもあるなら、そっとしておいてやっていただきたい。

「じゃ、"ノーサイド" という言葉はなんだと思ってたんだ?」って?

「サッカーの試合が終わること」だと思ってたよ!

だって、「なんとかサイド」という用語がサッカーにもあるじゃないか。
(貴君が今思っていることを、たぶん僕は当てることができる。「こいつは「オフサイド」のことを言いたのか……。」だろ?)

僕だってそれぐらいは知っているよ。
いつまでも、夢見る少年じゃいられないということさ……。

だからもう勘弁してやってよ……。お願いですだ。お代官様。

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それは「なんか違う」という気もするが……。

ローカル新聞に載っていたとある飲食店の記事。
高級さが売りのお店のようなので、行ったことはないけど、店名も場所も知ってはいた。

「季節のうどん」というメニュー。
うどん・小皿に日本茶かコーヒーか紅茶をつけて、2,400円。うどん単品だと1,200円。

セットと単品で価格差が大きくないか? 高級店というのはそういうものなのか。

まだある。

そこは和洋折衷らしくて、「季節のパスタ」なんてものもある。
これが、パスタ・サラダ・スープにコーヒーか紅茶をつけて4,800円。で、パスタ単品だと1,600円って——。

なんだか、価格差が大きすぎな気がするが。一般庶民にはわからない何かがあるのだろうなあ。

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エスカレーターの "それ" は「配慮」だと思う。

某駅のホーム。

エスカレーターの横で立ったまま、しばらく乗らずに振り返って後ろを気にしている男性がいた。

何度かその行為を繰り返した後、彼はエスカレーターに乗るために動き出した。彼の左手はほとんど自由が効いていなかった。

彼がエスカレーターに乗って自分の身体を支えるためには、動かせる右腕で摑まる必要があって、そのためには右に寄って乗らないといけない。

つまり、彼は自分がエスカレーターの右に寄って乗るので、自分の後ろから来る人がいないことを確認していたということ。

なんという配慮だ。
あるいは、身体を支えるために右側に立っていて、後ろから登ってきた人に何か嫌なことを言われた経験があるのかもしれない。

身体に不自由がある人に気をつかわせる社会ってどうよ?

とか考えていて、「エスカレーターに乗る際に片側を空けておくのはマナー」だという人がいるが、それは違うなと思った。

「エスカレーターの片側を空けておく」行為は、「他者への配慮」なんだと僕は思う。
「とても急いでる人がいたら、少しでも早く行けるように片側を空けておこうかな……」という感じの。

「(他の人がしてくれる)配慮」を「(欠かせない)マナー」のように言うのは、僕に言わせれば、「止まらないで進んでいきたい私に気をつかなさい」という横柄な主張だ。

配慮は人に「強いるもの」ではないから。
それは人が「してくださるもの」で、人から「していただく」ものだろう。

エスカレーターの片側が空いてなくても、誰も不愉快になったりしない社会に、僕はなってほしい。

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親父。お疲れ様

親父が亡くなったことがまだ実感できていない。

優しく真面目でそして明るい父だった。

あれからずっと「懐かしい曲」を聞いている。それらを聞いていたころを思い出して、なんか知らんがノスタルジーに浸ってしまう。

たぶん、寂しいのだろうと思う。自分の感情がよくわからなくなっている。でも、たぶんそうだ。

寂しいからこそ、「懐かしい曲」が聴きたくなって、その頃のことをいろいろ思い出したくなるんだろう。
あるいは、こんなことは不特定多数の人が見る場所に書くものじゃないかもしれないが、こうやって書き連ねて吐き出さないといられないのだろうな。

思い出したくない記憶ばかりの人生でなくてよかったよ。

多くのことをしてもらった。他の人は親からしてもらったことなんてないだろうというようなことも。

一番印象があるのは、幼い頃、まだ元気だった祖父といっしょに山で木を切ってきてクリスマスツリーを作ってくれたことだ。てっぺんまで飾り付けができるようにちゃんとそれなりの高さのやつを。

子供の頃の思い出としてこの話をすると、「それ、私もやってもらいました」と言う人に僕は出会ったことはない。

世間ではそうそういないのだろう。山で切ってきた木でクリスマスツリーを作ってもらった子供——なんて。

いくつのときだったか覚えていないが、「サンタさんはいない(=サンタさんは親父)」に気づいたのは小学生のときだった。

そのときに気づかないままだったら、その後、いくつになってから気づいたろう。

できるものなら、「親父が亡くなった」ことに気づかないまま過ごしたかったよ。

親父。お疲れ様。いつまでも大好きだぞ。

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