ニュース

テレビ局の配慮不足だったの?

裁判員制度が始まって初の裁判があって、昨晩は裁判員をされた方々がテレビの取材に応じておられました。

どこのチャンネルだったか忘れてしまったのですが、「個人を特定しない形でなら取材に応じる」という条件に基づいて答えてもらったとのことだったのですが、テレビ局側の配慮が足りなかったのか、取材に対して誰が何を話したかを知ることはある程度可能でした。

というのは、顔が写らないようにしただけで、衣服が隠されていなかったから。

取材に応じてもよいと返事してくれた裁判員さんたちが話している姿を、最初は「音声無し」で写して、それに続いて、今度は「顔から下だけ」を写した状態で音声付きでした。
なので、裁判員のみなさんの胸元はしっかり写っていて、最初の「音声無し」のシーンを見ていれば、「顔から下だけ」を写した状態でも、どの人がどの声かは推測できる状態になっていました。

条件に従う約束をしたんだからさ。局側ももっと気をつかえばいいのに。曇りガラスを用意するとかさ。
それとも、裁判員さんたちとテレビ局の間で、そこまでしなくてもかまわないという事になったのかな。

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先生方、「淫する」って表現を知ってますか。

常用漢字に、淫・呪・艶・賭などは不適切だと学校などから反対意見が相次いだというニュース。
文化審議会は、「学校で教える漢字は常用漢字すべてではなく、学校現場の判断に委ねるべきだ」という方針で、踏み込んだ議論は行ってなかったけど、それを受けて再検討を決めたのだとか。

常用漢字には含めないとなると、義務教育では読み・書きを教えないということになるのかな。
(書くのは別か? ああ、そこはよくわからん)

不適切だと指摘されてる文字は、もっとあるのだろうけど、上の4つに限って言うと、教えづらいという気持ちは理解できるけど、教えづらいから不適切だというのはどうかなと思うぞ。

「淫する(した)」という表現があって、「度をすごして物事に熱中する。おぼれる。」という意味。
「賭け事に淫した」とか使うけど、憑かれたようにのめり込んだという意味合いがあるから、「数学に淫する」「骨董に淫した」という表現でも使う。

「艶やか」(あでやか)は、女性の姿や様子を指して、はなやかで美しい様子を言って、「艶やかな舞妓さんたち」とかいうふうに使うし、「艶やか」(つややか)と読めば、「つやがあって美しい」ことを言う。
「艶やかな肌と黒髪」なんて書くと、ちょっとアダルトな雰囲気も感じるだろうけど、洗顔と洗髪の話題だったりするわけだ。
「艶やかな光沢」と書けば、ファッションや家具の話しに使えるぞ。
もちろん、学校では教えづらいであろう「なまめかしい」という読みもあるけど、表現としてそういう意味もあるという教育は必要じゃないかなぁ。

「呪」という文字は、「じゅ」や「しゅ」と読んで、密教の真言を意味する場合もあるし。
それだけじゃないぞ。世界中で読まれている小説「ハリー・ポッター」はどうだ? 彼らが使うのは「呪文」でしょ?

「賭け」は、何かの勝負をして金品を取り合うことを言うから、それが学校で教えるには不適切だという気持ちは、まぁ理解はできる。
でも、「僕らにとっては大きな賭けだ」なんて場合はどうだ? これは「思い切ってやってみる」という意味だから、学校で教えるには困らないんじゃないかな。
この字についても、文字にはいろんな意味があるという教育が大切なんだと僕は思うけど。

僕は、小学校の頃から推理小説が好きで、推理小説といえば、もう犯罪が扱われないわけにいかない小説。
それでも、ある時に親父が読んでいた推理小説を貸してくれた。
「賭け事」がきっかけで犯罪に身を染める登場人物に出会うと、「賭け事って悪いこと」だと僕は知りながら読んでたぞ。

こうした表現は、日常的にはあまり使わなくて、たとえば小説で見たりするだろうけど、知らないと読めないし、意味もわからない。

文字なんていろんな意味をもってるんだからさ。
一面を見て不適切だというのは、教育にかかわる者として不適切な発想だと思うよ。

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ニュースの中立公正はどこへいった?

セブンイレブンの見切り処分問題。話題としては古いけど、見ていたテレビでの報道の仕方がどうも気になって……

「多くの加盟店が値引きに反対している」という主張が、セブンイレブン側のものとして示されるのだけど、具体的な反対件数がニュースでは明らかにされてなかったし。

僕に言わせれば、これは番組側の不備だ。そこは確認を取らないといけないと思う。
もし、セブンイレブン側が答えないというのなら、「セブンイレブンに問い合わせたが、明確な答えは得られなかった」とか言えばいい。

それと、値引きに反対する側の意見がその番組では何も提示されていなかった。
値引き販売に反対している加盟店オーナーさんの意見も並べて見せるのが、報道の中立公正というものではないのか。

一番ひっかかるのは、全体的に「値引きしている側に賛成。コンビニでの値引き販売を実現しようという人たちの後押しをしよう」といった雰囲気を、そのニュースに感じたこと。
なんというか、見終わったあとに、値引き販売をしたくてもできないで困っているオーナーさんだらけのような印象が残る。

値引き販売がまかり通ると困るというオーナーさんの声をなぜ拾わないんだ?

値引き販売に反対する加盟店がいる理由は想像するに次のようなものかと――
コンビニでは、24時間営業の間で、配送が何度かあるので、値引き前と値引き後の商品を並べないといけなくなる。
ちょっと待てば、値引きされるとわかると、値引き前の商品をお客さんは買い控える。
商品が売れ残ってくるので値引きする。
値引き販売をしないですむように売れ残りを減らそうと、発注を減らす。
発注が減ると、品切れを起こしやすくなる。
お客さんの感覚からすると、いつ行っても欲しいものが切れている印象が高まる。
お客さんの足が遠のく。
お客さんが減って、物が売れ残っていく。
売れ残ったら値引きする。
値引き前の商品が売れなくなってくる。
発注を減らす。
……
という循環が起こる危険性があるからだろうなと。
売れ残り→値引き→客足減→売上・利益低下→閉店という地獄行きだ。

値引き販売なんて、どこかが始めれば自分ところはしないわけにはいかなくなるだろうし。値引き販売をしてなくて、売上げと利益を確保できているオーナーさんにしてみれば、いい迷惑だ。

「値引き販売しないで売上げと利益が上がっている」と書くと、なんだか儲けばかり考えてる守銭奴のような印象だけど、お客さまへの想いを胸に、努力と汗と熱意で、見切り商品の値引き無しでぎりぎりのところで売上げと利益の向上を実現しているオーナーさんは、たくさんいるはずだ。

加盟店のオーナーさんに、値引き販売の危険性を伝えているスーパーバイザーだっているだろう。

そういう人たちにとって、値引き販売歓迎への流れが大きくなるのは、ほんとに迷惑な話だろう。
コンビニなんて、仕入れと売上げの数円の価格差の積み重ねが勝負なんだからさ。

廃棄処分の負担で困っているオーナーさんへの取材と同時に、見切り処分の値引きが広まると、頑張って確保していた収入が減ってしまうオーナーさんへの取材や、値引き販売の危険性を説明しているスーパーバイザーとかも探して取材しろよって思うんだよな。

それと、あのニュース、背景や周辺の情報を扱い過ぎて焦点がぼやけてた。
セブンイレブン側で販売価格を制限できない契約なのに、値引き販売を止めるように加盟店に圧力をかけていたというところが、ニュースの中心なのに。

「値引き販売をしたがっているコンビニのオーナーがいる」というのも、「処分品の負担はオーナー負担」というのも、「まだ飲食できるけど、処分される品がある」ということも、今回のニュースの中心ではない。

僕は、コンビニが見切り処分の商品を値引きで販売できた方がいいとも、しない方がいいとも、どちらの意見も支持しているわけじゃない。
処分品の負担で困っているオーナーさんをどうにかしてあげようという話しでも、大量の処分品が出ていることにどうこう言っているわけでもない。

ニュースの報道の仕方が気に入らないって話し。

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不必要な性別

射撃訓練中の警察官が、拳銃の実弾を抜き忘れていて撃ってしまったというニュース。幸い、標的が破壊されただけで、大事にはいたらなかった。

そのニュースを見たのは、毎日新聞社のサイト。
(2009年6月25日 13時13分(最終更新 6月25日 15時35分)

記事中の表記に、僕は疑問がいっぱい。女性警察官って……警察官でいいのに。女性巡査とか、女性巡査長とかも書いてるし。

なぜ、わざわざ女性って付けるかなぁ。警官の性別が、このニュースでは不可欠な情報なのか? 僕としてはそう思わないけど。
毎日新聞社には、そうでなければならない理由があるんでしょうね。

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抜いたっていいだろう。

警視庁滝野川署地域課の巡査長が、注意をきかなかった少年たちに拳銃を向けたというニュース。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080227-OYT1T00603.htm
(2008年2月28日 YOMIURI ONLINE)

記事によると、その少年たちが、「警察官に拳銃を向けられた」と同署に訴えてきたため発覚したとのこと。巡査長は、特別公務員暴行陵虐の疑いで取り調べを受けています。

なんか違う気がします。

警官なんだからさ。この国で唯一、拳銃の所有を認められている存在なんだから。
それを抜いて人に向けたことを問題視していたら、警官がいざというときでも拳銃を使いづらくなるんじゃないかという不安が僕にはあります。あとから責められることを気にしてさ。

まぁ、仲間の警官が立ち去っていたという状態は、1人だけでどこまで客観的判断を保てるかという意味でまずかったと思うけど。

「警官に逆らったら撃たれる」と感じるぐらいに常識になっていた方がいいと僕は思う。抑止力として。
拳銃を人に向けたぐらいではいっさいおとがめなし。場合によっては問答無用で撃つってことにしないと、抑止力としての効果が期待できない。

「持ってるだけで、どうせ使わない」なんてなめてかかってくる輩が現れるだろうし。

事の起こりは、「大声で話していてうるさい」という通報を受けた巡査長が見回りにやってきたということだそうだから、少年たちにはなんのおとがめもなしというなら、それも違うと思うなぁ。

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国民総ストーカー?

「ゆったりとした気持ちで、長く久しく人生を歩んでいく」ことを願って付けてくれた名前。

でも、ゆったりなんてしてられない。
お母さんが入院する日から退院する日までテレビや新聞、雑誌の取材陣が追いかける。
某国営テレビのニュースは、お母さんが入っていた病室の間取りまで紹介する。
部屋のレイアウトが、テレビニュースで言わないといけないことか?

そんなにあの人たちのプライベートが知りたいのか? 知りたがっているのは誰だ? 僕か?
僕じゃないぞ。妻でもない。僕も妻も、「もういい」というのが感想。

報道は、「生まれました」だけでいい。


多くの人々の熱い視線を集めた真夏の甲子園。
昼間の太陽光線は誰にでも平等。未成年だからといって手加減してくれない。

溢れる汗は目に入れば痛いし、身体を伝えばべとべとして気が散る。
しっかり拭わなければ、その一滴がミスを呼ぶかもしれない戦い。

暑ければ汗を拭のは当たり前。
なのに、汗を拭う未成年を、テレビや新聞、雑誌の取材陣が追いかける。
そんな専門の仕事をしているわけでもない普通の人まで、空港に駅にと追いかける。

扱うから見たがる人が増えるのか、見たがる人がいるから扱いが増えるのか。

プロ選手でもないし、芸能人でもない。
真夏の甲子園で頂点を極めたのは彼らだけではない。

でも、ハンカチで汗を拭った高校生を、その姿を見たい、声を聞きたいと追いかける。

そんなこんなの精神を、ストーカーと言うと僕は思う。

もういいよ。テレビも雑誌も扱うな。

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頭突け!!

格闘技以外のスポーツはぜんぜん詳しくないし、あまり関心もない。
2006年ワールドカップの決勝戦すら見ていない。当然、録画もしていない。

でも、翌朝からのニュースで繰り返し見るのが、フランスのジダン選手の頭突き。

酷い侮辱の言葉を相手からあびせられて、怒りを抑えられなかったのだとか。

僕はスポーツのなかでも野球やサッカーがあまり好きじゃない。
その理由のひとつが、このたぐいのヤジや中傷、虚偽で自分たちを有利にしようとする行為。

全く何を考えているのやら。わけがわからん。
名前を失念したけど、ジダン選手が頭突きをくらわせたのがイタリアの選手。で、選手同士の中傷は、イタリアではごく普通に行われているのだとか。

お国変わればというか、何というか。
日本でもプロのサッカーの試合では、相手を酷く侮辱するようなことを言ったりするのかな? よく知らないけど。
日本のプロは、あまり露骨にやらないだろうなという気はするけど。

差別への反対を表明した今年のワールドカップでもあったらしいですね。
そういうコンセプトで運営してきている場で、相手を露骨に侮辱したりしたのなら、それなりの処罰はされないといけないと僕は思います。

普段はどうであっても、ワールドカップという場では許されないぞという姿勢を見せないとね。

なんてことを言っていると、「だからといって、ジダンの頭突きが許されるものでもない」とか言ってくる人がいるのだけど、僕はジダンを許せなんて話はしてないからね。

それはそれ。
本人もテレビのインタビューで言ってたけど、あの場での頭突きそのものはまずかったと思う。

だから、ジダン選手の言い分が全て本当だとして、彼には言いたい。
あなたは、場にふさわしくない行為をやった。でも、あなたの反応は正しかったと。

やっぱり家族を激しく侮辱されたら、そのままにしてはおけないよ。頭突かないとね。
でも、格闘技以外のスポーツ選手は、そもそも相手を攻撃するということはやめて欲しいけどね。相手を痛めつけていいのは格闘技の選手だけだと僕は思っているから。それだって、ルールの範囲内なんだからさ。

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偽メール、勘違いメール

日本語というものは難しいもので単語をつなげると、それぞれの元の単語とは別の意味になったり、元の単語にはなかった別の意味が発生したりします。

たとえば、「宇宙人評論家のAさん」の場合だと、「宇宙人についての専門家であるAさん」という意味と、「実は地球人でなくて宇宙人であって、職業としては評論家をしているAさん」という意味にとることができます。
(これと同じ例えが、たしかジャズピアニストの山下洋輔さんの本に書いてあったと思う…)

で、です。
民主党の永田寿康衆院議員が披露したことでちまたで話題になった"堀江メール"についてなんですが、「偽メール」とか「ガセメール」とか言ったり書いたりすると、そこに、それを見せて誰かを信じ込ませようとして作ったという悪意が存在するような意味合いを僕は感じます。

個人的には、あれは(誰かをたぶらかそうという悪意で永田議員が作った)「偽メール」ではなくて、(本当にあったと思いこんでしまった)「勘違いメール」のような気がしています。
(永田議員にあのメールを見せた人には、悪意があったかも…)

ヘッダー情報も見せずに「正真正銘、堀江さんが送ったメールです」なんて言い切れるわけがないですし。そんなことちょっとメールの仕組みについて詳しい人ならすぐに気が付きます。
(ヘッダー情報があっても、そのメールを送ってきた人を特定まではできませんけどね)

それなのに自信にあふれて出してきたということは、あれを公開しようと考えた人たちは、あそこに記載されている情報だけで"間違いなく堀江さんが送った"と思ってしまったんだろうなと感じるんです。
メールの送受信とかメールサーバーの仕組みとかにあまり詳しくなくて、疑うことすらできなかったのだろうなと。

メールというものについてよくわかってないと自覚してなかった人たちが、うっかりやっちゃったというのが真相じゃないかしら。

だからなんだということは民主党に対しても永田議員に対しても、僕は意見を何ももってないです。

ただね、報道する側には言いたいことがある。
「偽」という単語を報道で言ったり書いたりすることで、そこに悪意の存在を感じる人は僕のようにいるので、悪意があったとそれこそ証拠がでて判明するまでは、別の表現を考えて欲しいなと思います。

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メダル、メダルと騒がないで

フィギュア選手の安藤美姫さん。「4回転ジャンプを失敗しても入れる」と言い切ったそうな。

たくさんの人に支えられてオリンピックに来ているのは事実ですし、支えてくれている人たちの気持ちに応えたいと選手が思うのも自然。

でも、だからといって「メダルの獲得」だけが応じることになるというわけではないでしょう。

どの競技であっても実際に行うのは選手自身。その選手がどういう気持ちでのぞんでいるかが一番大事だと僕は思います。

積み上げてきた努力の証が、メダル獲得であるというのはひとつの価値観に過ぎません。それを最重要視する人もいれば、しない人もいる。そんな感じでいいと思います。
先に、「視聴者をあおらないで」という記事を書きましたが、価値観が多様化してきている現代、「メダル獲得」以外の価値観も尊重される時代になって欲しいです。

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視聴者をあおらないで

スポーツにあまり興味がないので、トリノオリンピックもテレビニュースだけしか見ていません。

しかし、事前にニュースなどでメダルの期待が高いと言われていた選手たちがメダルを取れていないことについて、報道側の扱いといったら全くあきれるばかり。

あなた達はプロフェッショナルとして恥ずかしいと思わないのかと問いつめたい気分です。

特にハーフパイプについてはひどかった。
ワールドカップには出てなかったアメリカ所属のプロが出てきたことで、日本選手と比べて実力の差をいまさらのように指摘し、さらにコーチや監督の自信にあふれた言葉を引き合いに出して「甘かった」とか、「課題が残った」などとよくも言えたものです。

たしかに、そういう情報はコーチや監督が事前に調べておくべきことだと思うし、その点は甘いと言われてもしかたないと思う。

でも、同時に報道側としても事前に調べればわかるはず。

監督やコーチがインタビューに答えた内容だけで「メダルの期待が高まります」なんて雰囲気の報道を単純にしておいて、メダルがでないとなったら「甘かった」とか「課題が残る」ってのはないでしょ。

プロならちゃんと調べて、オリンピックが始まる前に「しかし、アメリカの一流プロフェッショナルたちがワールドカップには出ていないことを考慮すると、油断はできない」といった程度の指摘はしてみせろ! ちゃんと情報の裏付けをとってプロらしい仕事をしてよ!

いいかげん、報道を見ている側の意識を操作するような思わせぶりなやり方、具体的根拠のない伝え方はやめられないのかなぁ。

監督やコーチの談話だけで、報道を見ている側の「メダルへの期待感」を刺激するような表現をしてみせる。

性犯罪が起きれば、アニメやテレビゲームを引き合いにだし、報道を見ている側が「なんらかの因果関係があると感じてしまうような表現」をしてみせる。

選手の身に起こったお涙ちょうだい話を披露してみせて、それが選手の力になっていると報道を見ている側に感じさせるようなことをする。

いつといった具体的な時間を提示せず「まもなく○○選手の登場です」などと告げ、番組を見ている人の期待感をあおって自分たちの番組を見続けるような状況を作ってみせる。

こんな意識操作といってもいいようなやり方するのも、視聴率重視のせいなのだろうなぁ。
スポンサー企業の方も、録画機器が発達してきて、リアルタイムで放映を見ないでもいいようにどんどんなっているなかで、視聴率というものをどう捉えるか、早急に考え直した方がよいと思うけどね。
(いかん、話が変わってしまった……)

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鉄筋を減らすのは

耐震強度偽装問題の証人喚問が今日(2005年12月14日)行われてます。

建築士と建設会社の間で、予算が合わないので鉄筋を減らせというやりとりがあったらしいですが、「鉄筋を減らす」ということ自体は、普通にあることなのかなぁ? 

合理的かつ合法的な建築上の工夫で、鉄筋以外による強度の確保によって、「鉄筋を減らすことでコストを抑える」なんてのはあるのかな? 今回は、してはいけないやり方で鉄筋を減らしたということなのか? 

あるいは、鉄筋を減らすということがあってはならないことなのか?
建築については、何もわからん。

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情報の必要性

サッカーのワールドカップ予選アジア5位決定戦(ウズベキスタン対バーレーン)が、主審のミスで再試合になったそうですね。

主審が誤った判断をしたというならそうなるのも仕方ないことでしょう。
それにしても気になるのはスポーツ紙などの記事での「日本人主審」という書き方。人種を明記しなければならない理由が何かあるのかしら? 「主審のミス」でいいじゃないか。

ニュースのなかで、人種や性別が本当に必要なのかなと疑問を感じることがあります。
たとえば、2001年1月に起こった日本航空の旅客機同士のニアミス事故では、訓練中の管制官と監督の管制官が、便名を間違えて誘導したことが原因でしたが、そのニュースを最初にテレビで見たときには、「監督していた○性管制官」というようにその監督していた側の管制官の性別が述べられていました。そのときも、性別を伝えることに何の意味があるんだといぶかしく思ってました。
(その後に続く報道の中からは、その管制官の性別が消えてました。視聴者からの苦情でもあったかな。)

以前みた深夜のテレビショッピングでは、司会進行役として現れた人はKimiko Tanakaという方でした。名前だけ見ていたら人種は日本人のようですが、彼女の人種はそうではありませんでした。
このように、世界的にみれば、個人の氏名でもその人のアイデンティティを表すにはもろいといえます。そんな時代に、情報としての重要性が高いように思えない人種を付けて報道するセンスを疑ってしまいます。

スポーツ紙っていうのはその程度だっていう見方もできると思うけど。それもねぇ、なんだか差別的だしなぁ。報道する側がしっかりして、情報の必要性を吟味して欲しいなぁ。

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またそういう映し方をして!

宮城県登米市の警察官刺傷事件を起こした中学3年の部屋がテレビで映されていました。で、彼の部屋をぐるっと映すときに、テレビカメラが動きを止めてズームアップしたのが漫画本・ゲーム機・壁に貼られていたアニメの女の子キャラのポスター。

これは未成年が事件を起こしたときによく見かける報道のやり方。それらをアップで映すことに何の意味があるのか。その映像を見た人たちが、そこに勝手に自分で意味づけする可能性が高くなるだけじゃないのかなぁ。

あんなものに興味をもってるからだいそれた事件を起こすのかもねとか何とか。

こうした漫画やゲームなどを意味ありげにカメラで映してみせるやり方は、性犯罪を起こした男性の部屋を映すときにもよく行われます。全く関係ないとも思わないけど、ニュースとして流すために映さなければならないとも僕には思えません。

映像を見ている人に何かを訴える意図でそれらを映しているなら、何を訴えているのかわかるように番組を構成しないと主張になりません。
それとも、主張は特に無くて、意味ありげに見せることで、映像を見た人の印象に何らかの影響を与えようというねらいがあるのでしょうか。もしそうなら、それは映像による意識の操作だといえます。

漫画を見たり、テレビゲームにこうじる人は変な人だという印象をもたせられてしまっていませんか?

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恐れず殴れ!そして、蹴れ!

全国高校野球選手権大会で優勝した駒大苫小牧高校の野球部長がふるったという暴力の件が、ずいぶんとニュースで取り上げられています。

親側の言い分と学校の言い分に違い(親は「ゲンコツで30発」と言い、学校は「平手で3,4発」とか)があったりして何が本当なのかは無関係な者にはわかりません。

でも、個人的には県や全国でスポーツで1,2位を争おうかという学校では、気の抜けた態度を見せたら、殴ったり蹴ったりするのはいいんじゃないかと思っています。ただし、度合いのかげんが必要です。骨が折れたり、傷跡が一生残るというようなことになるとそれはやりすぎだと思います。

そういうのでなければ、しゃんとして欲しいという願いを込めて厳しい親心でばんばん、がんがん、じゃんじゃん教え子をぶん殴って、蹴っていいと僕は思います。
僕は中学校のころ陸上競技をやっていました。ぜんぜん強くない学校でしたが、だからこそでしょうけど、先生は"根性棒"と呼んでいた木刀で、練習に気を抜いている部員を見かけると、「根性入れたる。尻をこっちへ向けろ」と怒鳴って"根性棒"で部員の尻を叩いていました。当然僕も叩かれました。一度だけど、僕は尻に回し蹴りをくらったこともありました。
女子だって"根性棒"で尻を叩かれてました。ただし、当時見ていた感じでは多少男子の時よりも力を緩めていたようでしたが。もちろん、男子にも女子にも叩かれてケガをしたという奴はいません。痛かったのは痛かったけど、先生はちゃんと加減を知っていたのだと思います。

棒で叩かれたり、蹴られたりするのはイヤでしたが、文句を言えないのはそうなったときは明らかに自分の気が抜けていたときだったから。ちょっとさぼったり、集中してなかったりして。先生は僕らのそういう態度をよく見ていたと思います。

家に帰って先生に殴られたいう話をしても「なんか気の抜けたことしたんか?」って言われるだけで、たしかに気の抜けたことをしたのは僕だし、両親も「お前が悪いんじゃ」という感じでした。

今時そんなことしたら、暴力教師とか言われてしまうのでしょうね。
体罰だといわれる事件のニュースを聞いていると、指導者が加減を知らない場合があるようです。体罰が問題視される背景には、そういう加減をしらない指導者と、ちょっと叩かれたら神経質に大騒ぎして大問題にしてしまう生徒と親がいる場合がある気がします。

指導者は叩く加減を知り、そのうえで気の抜けた態度をとる教え子を恐れず殴る、蹴るして欲しいと思います。そして、ちょっと叩いたぐらいで、周囲は問題視するのはやめて欲しいと思います。

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記事は正確に書いて欲しい

話題になっている人や事柄について、いわゆるスポーツ紙が騒ぎ立てるような扱いをするのが嫌いです。@niftyのトップページで見かけた記事見出しをたどると載っていたスポニチの記事(2005年7月29日の)を見てあらためて嫌な気分になりました。

その記事の見出しでは『テレ東女子アナに社長が「浮つくな」』となっていますが、テレビ東京の菅谷定彦社長がしゃべった内容についての本文では『「わが社ではアナウンサーに、有名になっても浮つくなと言っている」』となっています。

この記事を見る限りでは、アナウンサーと書いているのであって、性別を限定する発言はされていません。記事見出しと本文の整合性が取れておらず、騒ぎ立てようとする意図が感じられるのが嫌です。仮にそういう意図がないのなら、見出しと記事内容の整合性をしっかりと確認して欲しいです。

フジテレビの菊間千乃アナウンサーの件を受けての発言ですから、社長の意図のなかでは、女性アナウンサーがたぶんに意識されてはいるでしょうが、具体的な言葉としては出ていないと思えます。

自ら書いた記事の中で指摘していない事柄を見出しに使ったりせず、記事と見出しは正確に書いて欲しいです。

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打ち切りって…

米中央情報局(CIA)主導の調査チームは、イラクの大量破壊兵器の捜索活動を打ち切っていたそうな。

あのさぁ、ブッシュさんね。あなた、「ある」ってことで開戦の命令を出したんでしょうが。違うのか? 

まぁね、少々無理に言えば、「発見できなかった」ということと「無かった」ということはイコールじゃないからね。「どこかにあるのだけど、見つけられない」というスタンスなのかしら?

マクレランという報道官は、旧フセイン政権には大量破壊兵器開発の「意図と能力」があったと指摘して、イラク戦争は正しかったと言っているとか。

だからー、「意図と能力」が有ったというのじゃなくて、「モノがある」というのが戦争の発端じゃなかったのか?

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不思議なニュース

映画を見に行くと、始まる前にその地域周辺のローカルなニュースが流されることがあります。

僕の実家は和歌山ですが、映画本編の前に「和歌山ニュース」とかいってニュースが流れるのは、子供のころから変な感じがしていました。

画面はあまりきれいでなく、おまけにわざとだとは思うのですが、音声と映像がずれていて、たとえば何かの記念祝典にやってきた市長さんの挨拶とかでは、口の動きと声が合ってなくて、とても気持ちが悪かったのも覚えています。

今でも場所によって、そういったニュースを流す映画館があります。

また、そんなニュースを映画館で流さない地域もあるようです。
知り合いの山形県出身の人によると、「山形ではそんなニュースは見たことがなかった。学生時代に横浜で映画を見たときに、『神奈川ニュース』を見て、なんだこれはと驚いた」とのことでした。

あのローカルなニュースは、いつごろからはじまったのか。そして、何の目的で誰に向けて流されているのでしょう?
多分、まだ家庭にテレビが普及していなかった時代に、大きな娯楽の1つでありたくさんの人が集まる映画館でニュースを流すことに意義があって、そのころの名残なのだろうなと想像しているのですが…

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「おれおれ詐欺」名称変更?

「おれおれ詐欺」という名称は、男性の単独犯という印象が強いため、騙される人が増えるのを助長しているのではないかとちょっと前から思っていて、そういう記事も書いてきました。

マスコミや警察関係の方々はそう感じないのかしらと思っていたら、具体的な動きが生まれてきました。

今年に入って被害額が100億円を大きく超えた「おれおれ詐欺」について、漆間巌警察庁長官は25日の記者会見で、犯罪の実態が名称とかけ離れていることを理由に、名称の変更を提案した。 漆間長官は「あまりにインパクトがあるため名称が一人歩きして、『おれおれ詐欺』と気付かずだまされる例がある」と指摘。警察庁内でも新たな名称を検討しているという。 (11月25日 共同通信)

こういう動きは、警察から出てくるよりも、マスコミ側から先に出てくるのが本当なんだろうなと僕は思います。

「おれおれ詐欺」という名称のせいで勘違いして被害が増えているかもしれないことを早くから訴えて名称の変更を促したり、単独犯だと思い違いしないようにとニュースとして扱うなどするのが、報道する側のあるべき姿ではないかしら。

僕に言わせれば、被害が大きくなっていった原因のひとつは、すでに実態が複数犯によるいわゆる"劇団型"に変わってきているにもかかわらず、警察とマスコミが「おれおれ詐欺」という名称を使い続けたことです。

両者のそのうかつな扱いは、もっと問題視されるべきだと僕は思っています。

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おれおれ詐欺って呼称に反対

昨日のニュースで、中学生が警察官を装って電話をかけてきてお金をだまし取ろうとした事件がありました。前にも書きましたが、いわゆる「おれおれ詐欺」という呼称は、止めた方がよいと思います。

あの呼称では、犯人は単独犯で男性だという印象をもちがちになります。
でも、最近は複数人で警察官や弁護士といった役柄を演じて相手をだまそうとする「劇団型」という呼ばれる犯行になっています。
だから、「おれおれ詐欺」という呼称は、もっと違う呼び方に変えた方がいいと僕は思っています。

テレビ局や新聞社などで、内部では誰もそんなことを言わないのかしら?

11月12日のYomiuri Onlineの記事でも、詐欺犯罪に詳しい東京経済大教授(現代法学)の村千鶴子弁護士という方が、「犯人が『おれ、おれ』と言ってないから、おれおれ詐欺ではないと判断してしまう人が多い。おれおれ詐欺という言葉が、かえって市民を惑わしている」と指摘しています。

村千鶴子弁護士によると、被害に遭わないためには2つのことに注意が必要です。

1つは、お金をすぐに振り込まないこと。
本当に事故が起こっていても、事故被害者の手術代や車の修理代などがその日のうちにすぐに必要になるというありえないとのことです。

2つ目は、警察官や弁護士などから電話がかかってきても単純に信じ込まないで、必ず相手の氏名、所属部署や組織を尋ねて、折り返し電話をかけて本人が居るかどうかを確かめること。
このときに大切なのは、相手が言った番号ではなくて、聞き出した警察署や弁護士事務所の電話番号を自分で調べることだそうです。相手が言った番号ではそれもウソでしょうから。

人を疑るのはあまり気分がよいものではないですが、いまのような世の中では多少は仕方がないのかもしれません。

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オレオレ詐欺に用心

親族を装って電話をかけてきて、交通事故の示談金や妊娠させてしまった女性の中絶費などの嘘を理由にお金をだまし取る「オレオレ詐欺」。

今朝、みのもんたさんの番組「サタデーずばッっと」で特集をしていましたが、最近では、こうした「オレオレ詐欺」の手口はどんどん巧妙になっています。

被害額は、100億円を超えていて、唖然としてしまう数字です。

最近は個人ではなく、集団でお金をだまし取る「詐欺団」になっていて、詐欺団のなかで役割を設けて、より現実味があるような演技をしてだますそうです。
冒頭にあげたような"親族を装う"といった手口は、もう古いのだとか。

警察や弁護士、保険会社の社員といった役があるそうです。もちろん、ネライにされている人のお子さんやお孫さん、その友人役、あるいはご主人の知り合い役とかいたりしもます。

それに、娘さんや女のお孫さん役もいます。
「オレオレ詐欺」という言葉の響きで、何となく "男" を想像しますが、だます方には女性もいます。

ねらわれているのはたいてい高齢者です。
携帯電話やメールの操作もなかなかできない人だと、すぐにお子さんやお孫さんに確認する手だてもありません。

さらに、最近は闇で「名簿」が売買されているそうです。
その名簿によって、詐欺団たちは、電話番号と電話をかける先の氏名を把握できます。ランダムに電話をかけてきているのではないため、詐欺を見破ろうとして、お子さんの名前を名乗らせるといった防衛手段も役に立ちません。
(家族構成を把握されている場合だってあるでしょうし。その場合は、兄弟や姉妹を装ってくるかもしれません。)

番組では、かつてオレオレ詐欺で捕まり執行猶予になっている人物のインタビューを行っていましたが、その人物の証言によると、「名簿」はお金を払う人(だまされやすい人)だけが残るように精査されているのだそうです。

嘘を見破られてしまった人は二重線で消し、だまされてお金を払ってしまった人だけが残っているようになっていきます。だます側からすると、成功率が高い「名簿」になっていくわけです。

嘘の内容が、友人の借金の保証人になっていたとか、息子さんが女性を妊娠させてしまったとかいうように他人に相談しづらい内容だと、どうしようもなくお金を払ってしまうのが人情というものでしょう。

こちらとしては、自己防衛するしかないようです。

警視庁のWebページによると、

・警察が示談の仲介をすることはありません。
・弁護士や保険会社が事故直後に示談金の振込みを勧めることはありません。
・事実かどうかを、必ず確認してください。
・電話を切った後、必ず、息子さんや娘さん、お孫さん、ご主人など、本人又はその家族、勤務先などの関係者と連絡を取り、事実かどうかを確認しましょう。

ということだそうです。

それにしても、、「オレオレ詐欺」という呼び名は誰が考えて使っているのでしょう?
先にも少しふれましたが、この名称では、犯人は「単独犯で男性」という固定したイメージができてしまうように感じます。

僕に言わせると、テレビなどで「オレオレ詐欺に用心しましょう」と言えばいうほど、その固定したイメージが視聴者に蔓延していき、より巧妙になってきている詐欺の手口にだまされやすい人が増えていくという事態が起きているような気がします。

テレビで報道するなというのではなく、犯行犯や犯行の手口について、もっと幅広いイメージを思い浮かべるような名称に変えたらどうだろうかと思います。
そうするだけでも、被害を食い止めるのに役立つと思うのですが…少なくとも今のまま、「オレオレ詐欺」という名称を使い続けるよりは、ましなような気がしています。

うちの両親も高齢ですので心配です。
お父さんやお母さん、おばあさん、おじいさんをお持ちの方は、こうしたことを日頃から話し合っておくといいかもしれません。

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報道なら意味を言ってくれ

9.11の実行犯が空港の"探知機"を通っていく様子が朝からテレビニュースで映されていましたね。

映っていたのは2人。
僕が見たニュースキャスターは、「1人は警報が鳴りましたが、特に荷物を詳しく調べられることもなく通り抜けています。また、航空機を操縦したとされている○○は、荷物を詳しく調べられることもなく通り抜けています」とかいうようなことを言っていた。

それがどうしたとテレビを見ていて思いました。

確かに映像では、犯人とされている人物が空港の探知機を通り、さらに係員が身体にかざした金属探知器でも特に問題なく通っていく様子や、探知機を出てきて荷物を受け取っている様子が映されています。

でも、それは特別に問題がある光景だとは思わないのだけれど。

僕だってプライベートや仕事で海外へ出かけるときに、何度か探知機が鳴ったことがある。そして、脇に連れて行かれて、係員の金属探知機で調べられたことがある。
けれど、何も反応がなかったので、そのまま飛行機に乗りました。
他の人がそうした探査を受けている光景も見たことがある。

それと何が違うのか。

だいたい、実行犯だろうが凶悪犯だろうが、飛行機に乗るときに爆弾やら凶器やらを何ももっていなければ、それはそれで通過していい話しだ。
たとえば、国際手配が出ていたのに見落としたとか、鞄や衣服のなかに分解した武器を巧妙に忍ばせていたことが後でわかったとかいうのだったら、探知機を通過させる重大なミスを犯した瞬間としてあの映像は意味をもってくる。

もし、映した映像の意味を述べられるだけの根拠や情報が無いのなら、その映像は映すべきではなく、何らかのやむを得ない理由で映さずにおられないなら、見た人が勝手に意味をつけないように、「この映像が何を意味するのかまだ明確にはわかっていません」といったことを言っておかないといけない思う。

いわゆる少年犯罪のニュースでこれに似たケースが多い。
犯罪を犯してしまった子が、派手な銃撃戦がある映画をよく見ていたとか、アニメが大好きで部屋にいっぱいのコミックの持っていたとか、ニュースでそのような指摘はするけれど、それが何を意味するのかはふれないというやり方。

映像やキャスターの読む原稿の内容について、その意味を明確に述べないなら、それはテレビ報道とは言えないというのが僕の主張。

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