アニメ『覆面系ノイズ』を見ての昔話
原作は知らないけど『覆面系ノイズ』を見た。
昔のことを思い出して少し切なくなった。僕もニノとちょっとだけ似ている経験があるから。
僕は小さいころから地声が大きかった。小学校からずっと、「声が大きい」「(声が)うるさい」とやたら周りから言われた。
僕としては普通にしゃべっているだけだったんだが。
最初のうちは、そう言われるたびにもっと小さい声で話そうとがんばっていた。でも、いくら声を小さくしゃべるように試みても、「そう、それくらいでしゃべって」と言ってもらえるときは一度も来なかった。
「もっと小さくないといけないのかな」と考えて、もっと小さくしゃべるようにしてみたけど、それでも一度もなかった。
「僕はこんなに気をつけて小さい声でしゃべろうとしているのに、まだ大きいと言われるんだ」と悲しくなった。
中学、高校と大きくなっていくなかでも……。
そのうちだんだん嫌になって、「小さくしゃべろうとする試み」を止めてしまった。
いくつのころか記憶はないけど、「もういいや。どんなに気をつかっても "それでいい" と言われたことはないんだから、同じ "うるさい" と言われるなら、気をつかうのはもうやめよう。言われてもいいや」と思ったのを覚えている。
でもそう決めたからといって、僕としては普通に話しているのに「(声が)うるさい」と指摘されるのが平気になったわけじゃない。
指摘されればやっぱり辛かった。普通にしゃべっているだけなのに、なんでそんなに言われないといけないんだ――と心の中で思っていた。
転機は大学に入ってから。ロックバンドを組んだ。ボーカルを担当した。僕の「でかい声」は受けた。(仲間内限定だったけどね。)
「めっちゃ声量あるな」と指摘されたとき、僕は自分の地声の大きさが、人生で初めて嬉しく感じた。
好きなだけの、ありったけの声で歌っていいんだとわかった。バンド仲間に限っては、僕の声を「うるさい」と言ってくる奴は一人もいなかった。
決して上手くはなかったけど、バンドの人気も何にもなかったけど、歌うのが楽しかった。
大学内にはバンド仲間ではない友人もいたけど、そっち方面では相変わらず「(声が)でかい」と言われてた。
けど、僕はもう縮こまるはなかった。だって、この声を「いい」と言ってくれる人たちがいたから、「声量、バリバリですね」と褒めてもくれる人がいたから。
笑って「ごめん。ごめん」と言っていられた。彼らにとってはいい迷惑な男だったかもしれなかったけど。
趣味で始めたゴスペルで、久しぶりに昔のような反応に出会った。
1本のマイクに向かって並んで歌っていたとき、僕のそばにいた人が、僕が声を出すたびにちらちらとこちらを見て顔をしかめるのだ。
その表情は間違いなくこう言っていた。「この人うるさい」って。
ボーカルが一人のバンドと違い、ゴスペルは言ってしまえばコーラスだ。複数人の歌声を重ねあう音楽だ。そんなゴスペルにおいて、僕の歌い方はひょっとしたら違うのかもしれない。周りの人に音量を合わせるということをするべき音楽なのかもしれないと思った。
なので、教えてくれていた先生に尋ねてみた。声の大きさを周りに合わせたほうがよいのか――と。
先生の答えは「それはしてはならない」だった。はっきりとそう言ってくれた。
先生曰く、「高い音が出る人がいるなら、それに合わせる。大きな声が出る人がいるなら、それに合わせる。そうすると結果として全体が上がる。だからそれはやってはいけない」と。
やっぱり、僕の声はこのままでいいんだと確信した。
『覆面系ノイズ』の第2話を見て、そんなこんなを思い出してしまったしだい。
ニノの声はモモを貫けるだろうか。ユズにはすまないが、僕はやっぱりニノの声はモモに届いてほしい。
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