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いい人でよかったね。

新幹線の車内でのこと。

僕はたいてい通路側に座る。窓側に座ると、降りるときに隣の人に声をかけないといけないのが面倒だから。

その日は、二人掛けの通路側に僕は座った。

通路を挟んで反対側、三人席の窓際には20代ぐらいの女性が座った。その後、60代後半に見えるスーツ姿の男性がやって来て、その三人席の通路側に座った。

しばらくすると、窓際の女性が立ち上がってその男性に少し近づくと声をかけた。
聞くともなしに聞こえてきたのは――「私はすぐに降りるので、よかったら窓側の席とあなたがいる通路側の席を替わりませんか」ということのようだ。

なんとはなくそっちのほうを見てしまったけど、その声のかけ方は優しげで、笑顔もあって、僕のように「あとで隣の人に一声かけるのが面倒だから」という感じではなく、自分が降りるときに迷惑にならないようにという配慮を感じさせるとてもいい印象を受けた。

おじさんも「アッ」と言って軽く会釈し、その女性がしてくれた配慮が嬉しそうだった。

他人に対してこんな配慮ができる人ってすごいなと感心してしまった。

と、そこまでは乗客同士のなんてことのない、むしろちょっといい感じの会話だったのだけど……

女性に声をかけてもらったおじさん。何を思ったのかそのまま立ち上がっていきなり奥の席に動き出した。

おじさん。それはないだろ。心の中で声をあげてしまったぞ。「エーッ!?」って感じだった。

この場合、普通はこうだろう。
1.おじさん。立ち上がって通路に出て少しよける。
2.女性。通路に出る。
3.おじさん。奥に入る。
4.女性。通路側に座る。

次に起こったのは、"案の定" という苔が生えたような表現を使わずにいられないぐらいの事態で、女性は立っているし、おじさんは奥に行こうとするしで……

彼女は前の席の背もたれとおじさんの間でしっかり挟まれてしまった。
ムニュゥーって擬音をつけたくなるというか、見事と言いたくなりそうというかの密着度合い。

そのうえ、おじさんもその時点で事態に気づいて動くのをやめればよかったのに、なぜかそのままぐいぐい突っ切ろうとする。当然、女性はますます挟まれていく。

そして、ポンッて音が鳴るんじゃないかというような調子で抜き出ると、おじさんは何事もなく席に着いた。

おじさん。窓側の席に座れるというのが嬉しくて舞い上がってしまったか? 「すみません」の一言もなく無言で座ってしまい、女性のほうを見ようともしない。

たぶん、おじさんは自分がやってしまったことを自覚していたと僕は思う。
でも、しまったと思ったときは遅くて、女性を挟み込んでしまうというあまりない事態にあわててしまって何をどう言えばよいのかわからなくなったんじゃないかと。

なもんで、何もなかったように黙って目を合わせずに座っているしかできなかったじゃないかなぁ。

でも偉いのはその女性。最後まで笑顔を絶やしていなかった。なんと配慮のある人だろう。僕なら舌打ちしてるぞと思ったよ。

おじさん。いい人でよかったね。

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