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2013年の初ツバメを見てあれこれ。

3月18日、今年初のツバメを見ました。

昨年の記事を見返してみると、4月19日に「初 ツバメ」の、記事を書いていました。おととしは、4月1日でした。
自分が気が付くよりもっと早くからいつも、ツバメはうちのあたりに来ていたのかもしれません。

当然というか、おととしも昨年も震災をからめて書いていました。昨年の記事では、そのころにはあまり取りざたされたり、実施しなくなった「節電」にふれて、「のど元過ぎれば――というものか」という表現を使っていました。

今、「のど元過ぎれば――」という生活をしているのは自分自身です。
明るい部屋で好きにテレビを見て、コンピュータを使い、携帯電話を充電しています。昨年の記事を書いたときには持っていなかった Kindle Paperwhite を所有し、電子書籍を楽しんでいます。

政権が代わり、新しい政権は原発を失くすことを止めました。投票によって選ばれた政権です。投票した人たちの多くが、原発が無くなることは望まなかったと言えます。

自分の気持ちとしては昨年の記事を書いたときと変わっていません。

原発を無くしていくことがこの国の未来にどれほどよい影響を与えるのか、あるいは悪い影響を与えるのか僕はわかりません。
原発が無くなれば補助金を受けている自治体だって困るだろうし、原発があることで仕事を得ている人たちも困る。そうはわかっていても、ただ単にいまの想いは? と訊かれれば、「無くしたい」と僕は答える。

ということです。

では、お前はなぜ電気がなければどうにもならない Kindle Paperwhite を持っているのだと問われたら、言葉に詰まります。
暮らしに大きな苦労がない自分の立場がなんかお気楽な感じがするのと、それはそれでいいことなんだろうという気持ちが入り混じっています。
自分が間違ったことをしているとは思わないのですが、だからといって、私がやっていることは正しい! と胸を張って言えるかと問われればちょっと躊躇します。

自分を納得させるために使うのは、消費がなければ困る人もいるだろうってことでしょうか。被災地に思いをはせることはそれとして、だから日々の生活や消費を極力抑え、削っていくべきだというのは、僕としてはちょっと違う気がします。

やれるのならば、遊びで消費でもなんでもやればいいと思うんです。
まぁ、多少は自粛する部分もあってもいいかと思いますが、何をどこまで抑えるかなんて本人が本人の事情と意思で決めることです。周りがどうこういうものじゃないでしょう。
毎日、百万、千万のお金を使える人なら使えばいいんだと僕は思います。それが社会に還流するんですから。被災地も社会の一部です。

たとえば、お金に限っていうと――

きれいなお姉さんに横に座ってもらって高いお酒を楽しんだ人の財布からでるお金と、少しずつでも使わず貯めたお金を被災地へ送った人のお金は、どちらもお金です。
お姉さんがお客さんから得たお金を被災地へ送っていてもおかしくはありませんし、被災地へ送るために貯めたお金を、貯めずにどこかのお店で使っておけば、そのお店が潤って、お金を貯めていた人が送ったよりもっと多くのお金をお店から送れたということがあっても、これまたおかしくありません。

「金は天下の回り物」というのはそういうことでしょう。

なんだか屁理屈をこねくり回してしいる気がしてきましたが。まぁ、暮らすってそんなものでしょう。自分の周りに災害や病や何も困難ことが起きていなければ、起きていない日々の生活ができるんですから――と考えて自分は納得するようにしていますが、もしこれを読んでお怒りになる方がおられたらごめんなさい。

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