核兵器は小道具じゃない。
妻がスカパー!で見ているドラマ『24』は、シーズン6が放送中ですが、ドラマの中ではアメリカ国内で核爆弾が爆発したそうです。
世界で唯一、核爆弾による攻撃を受けた国(しかも2度)の国民として、ドラマとはいえ、核爆発が演出として用いられるのは僕も妻もどうも気分が悪い。
少なくとも、アメリカは、エンタテイメントとして盛り上げるような演出に "核" を使ってはいけないと僕は思う。核を実際に使った国なのだから。
核爆弾による攻撃をしたことがある世界で唯一の国であり、現国家元首が「核の無い世界を目指す」と宣言している国で、国内で核爆弾が爆発するという設定を、視聴者はどういう気分で見ているんだろう。
(そういえば、歴代の米大統領のなかで、核廃絶を演説で訴えたのは、オバマ大統領が初らしい。)
実際に起これば世界中が非難の声を上げる出来事にも関わらず、ドラマや映画ではよく、核爆発はよく扱われます。
危機感や緊迫感を、盛り上げる演出として、核爆発か、致死率の高い感染症というのは用いやすいのだろうけど、ストーリーを盛り上げる小道具として用いるものではないと僕は思う。
(では、何だったら、どこまでどんな演出として扱ってもいいのかなんて僕にはわからないし、演出の仕方まで僕が言っても何の意味もないと感じるから、そこまで詳細に語るつもりもない。)
核爆弾といえば、一番最近は北朝鮮。
北朝鮮の核実験は驚きもし、僕は怒りも感じます。
世界の傾向として、核兵器を無くしていこうとしているなかで、「他の人たちが今持っているものをなぜ持ってはいけないのか。持っている人がいるんだから、持ったっていいじゃないか」とだだをこねてる子供と同じレベルです。
「すでに持っている奴らが、持とうとしている者に向かって、持つなというのは身勝手だ」という主張を彼らはするだろうけど、TVゲームやバイクが欲しいという話しをしているんじゃないのだ。
核をちらつかせて、他の国から有利な条件を引き出そうとするカードだという話しもあります。
まったく、どんな場であっても、核兵器を小道具に使うのは止めてくれ。
核兵器保有国は、たぶん7か8カ国あったと思うけど、すでに持っている国がいるのは、持っていない国からするとたしかに驚異かもしれない。
「皆で捨てよう」と言って捨てていなければ、自分だけが他人が持っていない破壊力を持つことができる。
疑心暗鬼という言葉を使いたくなるけど、疑心暗鬼というのは、疑心があれば何でもないことでも恐れや疑いをもつという意味で、ものは核兵器だから、何でもないというわけにはいかない。
だからこそ、今はまだ難しいかもしれないけど、時間もかかるだろうけど、互いにそもそも核兵器を持たない世の中を目指していくことが大事なのだと思う。
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