ギター、弾いてますか?

高校時代にいっしょに音楽をやっていたT君。
いまでも交友がある一番の友人の彼が、当時からずっと持っていたギターをつい最近リサイクルショップへ売りに出したそうな。

T君いわく、就職し、仕事も忙しくなり、結婚して、いつのまにか手にしなくなり、ここ何年も「ギター、観てます」状態だったとか。

彼から届いたメールにあった「ギター、弾いてますか?」という一言が心に響いた。

ほとんど弾いてないから。
昨年は、1度か2度手にしたぐらい。でも、捨てられないし手放せない。

昔はらくらく弾けたフレーズも、いまは指が動かないし、右手のアルペジオもかつてのように動かない。
まぁもともとずばぬけて上手くはなかったけど、それでも習い覚えた技術が劣っているのは悲しいものなのだよ。ワトソン君。

初めてギターを手にしたときは、ネックや弦の感覚に早く慣れたくて、自分なりに工夫して地道に練習してたもんだ。

適当に見つけた長方形の箱を、ギターのネック幅に合わせて切って、その上に6本の輪ゴムを渡し、さらにフレットをイメージして何重かにした輪ゴムを横に渡した。
時間があればそれを左手に持って、何度も何度もコードを押さえる練習をしてた。コードのポジションを指の感覚に覚え込ませようとして箱の方を見ないで。

学校へ行く前も、朝6時頃には起きてその練習をずっとやってた。

仲間たちもみなそれぞれ練習を繰り返していた。
もう1人の友人Kは、「ストロークを鍛える」といって重りが入ったリストバンドを右手首に巻いて練習していた。

さらに別の友人Sからはアルペジオを教わった。
僕のギターはたいしたことなかったけど、Sは知り合った時点ですでにかなりのテクニックの持ち主だった。
小学校の終わり頃からギターをやっていたらしい。そりゃ高校に入ってから始めた奴とは比べものにならんわな。

でも正直言って僕はSのよい生徒ではなかった。
Sからアルペジオを教わったときは、あいつは雑誌を棒のように丸めて、Sから教わったとおりに僕がアルペジオを弾けるかを見張っているのだ。
そして少しでも間違えれば、その丸めた雑誌でSは僕の頭をぶん殴った。「痛い目をしながら覚えるのが一番早い」と言って。

僕はそれが嫌で、Sからアルペジオを学ぶことを止めてしまった。愚かにも……今から覚えば、そのSのしごきに耐えていればもっと上手くなっていたろうに。

「早いフレーズをちゃちゃっと何となくそう聞こえるように弾くのはそう難しくない。音を正確に響かせるのが難しい」のだと先輩に教えてもらって、メトロノームを遅いテンポで鳴らして、それに合わせて、一音ずつゆっくりと弾く練習もしてた。

握力があることがどう関係するかわからなかったけど、なんとなく握力を鍛えた方がよいと思い始めて、風呂のなかでグーパーを繰り返して、指の力を鍛えていた。

指が少しでも自由に動くようにと先輩から教えてもらった指の体操がある。
僕はそれをいつもいつも繰り返していた。馬鹿正直に本当に癖になるまで。

いまでも電車を待っていたり、人の話を何となく聞いているときなどちょっとした手持ちぶさたがあると、無意識にその指の体操をしている。ペン回しみたいなもんだ。
就職してから、「その変なクセ、止めた方がいいよ」と指摘されたことがあるぐらい。

誰の人生も幸せな時ばかりではない。
その後ちょいとした不幸な出来事があって、今ではT君と僕だけがこの人生を過ごしている。

「あいつら4人のうち1人を見つけたければ、他の3人を捜せばいい。そしたら一緒にいるから」とまで担任の先生に言わせた僕ら4人だったのに。

僕らがいっしょにはしゃぎ回っていたころには存在の予感もなかったメールという手段で、いまは離れているT君と連絡が取れる。
そしてそのメールで、T君は僕に「ギター、弾いてますか?」という内容を送ってきた。

T君がギターを売りに出したとメールをくれたのは、T君もどこかで寂しかったのだと思う。
「ギターを手放した」ということを誰かに言いたかったに違いない。そして、その気持ちを伝えれば何事かを感じてくれるとT君が思ったのは、奥さんでもご両親でも、兄弟姉妹でも、彼の周りにいる友人たちでもない。

僕だったのだと思う。

僕の記憶の中ではまだ詰め襟の学生服が似合うSとK。彼らもどこかでT君のメールを呼んでるだろう。

今はまだその気はないけど、僕もやがてはギターを手放すかもしれない。
でも、KとSだけは、僕とT君の髪が白くなり、腰が曲がるようになっても、ギター片手にライブをやっているに違いない。

Kよ。Sよ。
ギター、弾いてますか?