ビジネス書の邦訳って
手元に世界的に売れている書籍があります。小説ではなく、いわゆるビジネス書という類の本です。
それなりに世界で読まれている本なのですが、これが邦訳されると、中身がかなり削除された内容になっています。
名指ししてケンカをふっかけるつもりはないので、書名や出版社はふせますが、出版界で働く知人によると、外国のビジネス書を邦訳するとき、一部のページを訳さないということは出版の世界ではごく普通に行われているのだそうです。
理由はいろいろあって、まず日本ではビジネス書が大ベストセラーになるということはあまりありません。つまり売れにくいので、売りやすい形にして出版しないと商売にならないということがあるようです。
たとえば、英語で書かれている本をていねいに翻訳していると、どんどん文章量が増えて、原書は1冊であっても、邦訳すると二巻とか三巻になってしまうということが起きます。
ただでさへ売れないビジネス書を、二巻以上の形で出してしまうと売りにくくなるので、出版者側で元の内容から訳さない部分を決めて、邦訳になったときに1冊に収まるように調整しているようです。
その他には、日本人の文化や考え方に合わないと出版社や訳者が考えた部分は訳さないということがあります。そのまま訳しても、読み手に違和感を感じさせて、訳すとかえってわかりにくくなるという配慮のようです。
それでも、僕はすべての章をしっかりと訳して欲しいです。
商売なので元がとれるようにする、売りやすいようにする、読者にわかりやすいようにするという行為は当たり前といえば当たり前ですが、同時に邦訳を読んでいる人たちが読んだ内容は原書に書かれている全てではないという事態を生んでいます。
僕は英語で本を読める堪能さはないので、邦訳で読むことになるのですが、原書と見比べてみると、邦訳されていない分量に唖然とすることがあります。
すばらしい内容が書かれたビジネス書なのですが、完全に訳されていないので、邦訳を読んだだけのときと、英語が堪能な人に訳してもらって邦訳されていない部分も読んだときとでは、述べられている内容の理解度がぜんぜん違ってくるということもあります。
世界の人がちゃんと読んでいる内容なのに、日本のビジネスパーソンのなかには、邦訳されていない部分を知らないビジネスパーソンがたくさんいるわけです。
人を育てたり、活用したり、動機を高めたりするマネジメントの世界では、日本は世界から10年遅れているという考えもあります。
その一因が、こうした世界的なベストセラーの内容を充分に読めていないということもあるのではないかと僕は想像しています。
出版社の人たちは、商いの帳尻を合わせるのもりっぱですが、そういうこともしっかりと考えて使命感をもって邦訳を出版して欲しいです。
また、邦訳されたものを読んでいて、失礼なことをするなぁと感じるのは、書籍の巻末に「訳者」のプロフィールだけが載っていて、著者のものが載っていない場合があることです。
これについて、出版社の人はどう考えているのでしょう?
本を訳した人の紹介は載せているのに、実際に書いた人の紹介を載せないのは傲慢で失敬な行為だと僕は感じます。
日本の出版の世界では、翻訳物の場合は、訳者の方が著者よりも大切という基準や、邦訳した人の紹介は載せても、著者の紹介は載せなくてよいというルールでもあるのでしょうか。
もし、訳者のプロフィールを載せるのなら、著者のプロフィールの方を大きな文字で載せて、訳者の方は小さい文字で載せておくぐらいのことをするのが、実際のその著作物を書き上げた著者に対する礼儀だと僕は思います。
それに、ビジネス上のプレゼンテーションや各会合の資料の説明に際して、さまざまなデータやドキュメントを使ったりすることがありますが、そうしたなかで書籍を参考情報として紹介するといったこともあります。
そんなとき、必要なのは邦訳した人の情報ではありません。
「この本を書いた人はどういう人物か?」という情報の方が重要になります。
訳者紹介しか載っていないビジネス書、元の内容を全部翻訳していないビジネス書は、売り物として世に出すには不良品だと言い切ってしまってよいと僕は感じています。
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