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携帯電話もしつけが必要

運転中における携帯電話の使用が処罰の対象になりました。
個人的には、いいことだと思います。危険な思いを何度かさせられたし。

ただ、ちょっと残念なのは、ハンズフリーでの通話を可能にする機器の利用が取り締まりの対象になっていないこと。

両手が使えたたら大丈夫というものではないでしょうに。

現実的には困難だろうから対象にしなかったのでしょうね。ハンズフリーでの通話中か、ただたんにしゃべっているだけか視認ができないし。

僕としては運転中のハンズフリーでの通話も取り締まり対象にして欲しいですが。

改正道交法が施行された11月1日は、全国で3645件の摘発があったそうです。
テレビニュースでのインタビューでは、「携帯が鳴ったらでないと悪いと思った」と話していた人がいたのが少し気になりました。

携帯が鳴ったらでないと悪いという感情は、かなりの数の人がもつような気がします。そういった携帯電話に対する認識から変えていかないと、運転中の携帯電話の利用はなかなか減らないかもしれません。

従来の固定電話では、呼び出しているけど出ないということがありえるし、そうなっても電話を掛けた方は「不在だから出ない」といってそれなりに納得できます。

ところが、携帯電話の場合、呼び出しているのに出ないというだけで腹立たしく思ったり、納得できない人たちがいます。
あらかじめ約束した時間にかけているならともかく、掛けた方の都合でかけてきているのに、それに対して出ないからといって気分を害するのは、僕に言わせれば出る方の都合を考えない失礼な話です。
固定電話でも携帯電話でも同じです。相手がいまどんな状態にあるのか、かける方にはわからないのですから。

そういえば、ずっと前に「メール」をまだ「Eメール」と呼んでいたころ、「電話と異なり、受け手の時間に突然割り込んでくる連絡手段ではなく、受け手主体で都合がよいときに読むことができる」というのが、Eメールの利点としてあげられることがありました。

いつのまにか、そんなものどこかへ行ってしまいましたが。
メールを出したらさっと読んですぐ反応してくるのが当たり前のように思っている人がいます。
携帯電話も同様に、携帯電話なんだから相手はすぐに出られるだろうと思っているに違いないと感じる人がいます。

幼い頃には、固定電話のかけ方を大人から教えてもらいました。
同じように、携帯電話の使い方に関する共通認識を社会的に構築し、それを幼い頃からちゃんとしつけることが必要だと思っています。

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