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古き良き時代の“何か”

日経新聞の最終頁には「交遊抄」というコラム欄がある。木曜日(2004年8月19日)の交遊抄で、神田外語大学学長の「赤澤正人(あかざわまさと)」さんが、外務省に勤めていたころの思い出を書いておられた。

赤澤さんは1961年から71年までアメリカの大学に研修を受けにいった。そのときに外務省で同期の「岡本行夫」(元首相補佐官)さんという方もいっしょだった。

1ドルが260円の時代、800ドルの中古車を2人で購入し、アメリカを自動車で旅したそうだ。
途中でモテルに泊まるのにお金が惜しくて、片方が自動車の中に隠れていて、1人料金で宿泊手続きしたそうだ。次の朝は、窓から抜け出すというやり方で宿泊費をうかしたとのこと。

完全な詐欺だ。外務省の職員が研修先でそんなことをしていたとわかったら、今の時代ならとんでもないニュースになってしまう。

はたまた、僕が勤めている会社の同僚から聞いた話だけれど、彼が高校生のときに、あるとき同じクラスの奴が学校へ来て言うに「電車のなかでOLさんのお尻を触ったらそのOLさんに手をつかまれて見つかってしまい、警察に連れていかれてすごく怒られた」と笑いながら話していたそうだ。

高校生だったということもあるのだろうけど、痴漢をして警察で怒られただけで済んだ“のんびりした時代”だったのだなぁ。今ならその高校生は退学か少なくとも自宅謹慎だよな。

あるいは、WBC世界バンタム級元チャンピオンの薬師寺保栄さんは、子供の頃に悪さをするとお父さんに足をつかまれ、「もうしません」と言うまでベランダから逆さにぶら下げられたそうだ。我が子のしつけとしてそれはそれで済んでいた時代。今なら我が子と言ってもそんなことしたら、児童虐待とか言われてしまう。

そんなこんなの“のんびりさ”が、なんとなくよく思えてしまう今日この頃。
外務省の職員が無銭で宿泊したり、高校生が女性に痴漢をしたりしても、なんとなく笑い話にできることがよいと言っているのではない。

でも、高校生がやった痴漢がやたら大きな問題になるのではなく、警察や周りの大人からこっぴどく怒られるというだけで成り立っていた時代。
外務省の若き職員が時にお金を払わずに宿泊して外国を見て回ることも見聞を広めることに役立っていた時代。
父親が我が子のしつけにベランダから逆さづりにしても虐待だとは言われなかった時代。

そんな時代にあった“何か”が、最近では無くなっているような気がする。

そしてその“何か”が、今は必要なのではないのかなぁとなんとなく思う。それが具体的には何なのかはわからないけれど、ひょっとしたら“加減を知る”ということかもしれない。

駄目となったら融通が利かず、良しとなったら限度を知らない。
今のこの国は、そんな傾向が強くなっているような気がする。

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