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虹は見た人のために出る

昨日の夕方、とてもきれいな虹が出ていた。見えていたのは一部だったけど、薄く色が出ているのではなく、どこからか人工のライトでもあてているのではないかと思ってしまうぐらい、くっきりと七色に分かれた虹だった。
しかも、二重になって出ていた。(外側の虹は少々色が薄かったけど。)

「虹は見た人のために出る」という言葉は、いつか誰かから聞いた覚えがある言葉。

キリスト教に詳しい人によると、旧約聖書では「虹」は神様がノアと交わした契約の証(二度と洪水で大地を滅ぼすようなことはしないというもの)らしい。
「虹は見た人のために出る」っていう言葉はそこからきているのかもしれません。

科学的に考えても、それは言えるかもしれない。
虹は光の反射で見えるのだから、光が反射してくる角度より外側にいる人には虹は見えない。(たとえば、虹の真下とか) つまり、見える人にしか見ないとも言える。違うかな? 
う~ん、理系はぜんぜんダメだったので自信はありません。

きれいな虹を見ることができると、なんだか嬉しく幸せな気持ちになる。
まぁ、僕はキリスト教徒でもなんでもないけど、そんな気持ちになれたというだけでも、大昔に神様とノアが交わした契約は守られているのかもねーと思いをはせるのは悪くはないと感じます。

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カレーの隠し味

事務所から。今日は他に誰もいないのでちょっと休憩中。

「幸福なミスマッチ 我が家の隠し味」。本日(2004年6月26日)付けNIKKEIプラス1の1面記事より。
審査員は料理研究家の小林カツ代さん。国内外から400通近い応募があったとか。

金賞は「カレーに黒砂糖」。

コクが加わるらしい。
で、僕のお薦めは「カレーにインスタントコーヒー」。(ただし、コーヒーはフリーズドライ)
最後にティースプーン一杯をスジ切りよりちょっと少ないぐらいでさっと入れると、微妙な苦みが加わってなんとも言えない甘みもそこはかと生じさせておいしくなる。
すいぶんと昔に、某料理漫画で隠し味として紹介されていたのを見て、実際にやってみたらおいしかった。

でも、これをやったことがあるという人に出会ったのは、生涯でいまだたった1人。その人もおいしいと言っていた。

たいていの人は、「カレーにインスタントコーヒー」と聞くだけで、まずそうに顔をしかめる。

これを見て下さっている皆さんのなかには、「カレーにインスタントコーヒー」を実行した方はおられるでしょうか。
おられるなら、おいしいと思われましたか。

PS:
「幸福なミスマッチ 我が家の隠し味」の銀賞は「白あえに粉山椒」。
特別びっくり賞として「梅干しに初雪」が選ばれています。(天干しでしっかりと乾燥させた梅を漬けるときに初雪を使うのだそうな。)

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ブラザー・サン,シスター・ムーン

"Brother Sun, Sister Moon"、来ました。
フランチェスコ会の創立者「聖フランチェスコ」の人生を、後に「聖クレア」と呼ばれることになるクレアとの出会いも絡めながら描く知る人ぞ知る不朽の名作。

おめでとう、初DVD化!

伝説のフォークシンガー「ドノヴァン」が歌うテーマソング"Brother Sun, Sister Moon"もあまりに有名…なのか? そうあって欲しい。

いわゆる宗教映画は、個人的には説教くさい感じがしてあまり好きではない。「ベンハー」で描写されるイエス・キリストぐらいが限界。
だけれど、"Brother Sun, Sister Moon"は別。

映像と音楽の美しさが、そして押しつけがましくなく描かれるフランチェスコという人物の描き方が、圧倒的な印象で心をゆさぶってくれる。
これを見たあとは、物質にあふれる毎日は慎み、鳥の声と河のせせらぎ、そして吹き抜ける風と移り変わる天気や季節を感じて、ゆく雲と広がる空を見つめながら静かに暮らそうという気になるから不思議。

そういえば、ずっと以前、レーザーディスクでこれが発売されたときには、ジャケットに「フランチェスコとクレアの若い恋の物語」とかいった意味のことが書かれていて、「若い恋? この映画にそんな場面ってあったっけ?」ととても違和感を覚えたのを思い出した。
今見ても、男女の恋心を扱っているとは思えないのだけれど。他の人の感想も聞いてみたい。

監督は、オリヴィア・ハッセーの「ジュリエット」がみずみずしい感動をよび、名作としてあげる人も多い『ロミオとジュリエット』を撮ったフランコ・ゼフィレッリ。

"Brother Sun, Sister Moon"、パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン から発売中です。
ぜひご覧あれ。

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自分の子供に見せたいか

↓これは日本でもこのぐらいした方がよいと個人的には思う。

米、わいせつ放送の罰金百倍に(共同通信)

【ワシントン共同】米上院は22日、わいせつな表現や下品な言葉を使った放送をしたテレビ・ラジオ局などに対する罰金を、現行の100倍近い最高300万ドル(約3億2700万円)に引き上げる法案を99対1の賛成多数で可決した。下院も罰金の上限を50万ドルとした同様の法案を可決している。今後両院で法案一本化を目指して調整した上で、ブッシュ大統領に送付する。
[共同通信社:2004年06月23日 11時33分]

日本のテレビでは、流血などの暴力的場面には何かとうるさいが、卑猥な表現の扱いは、暴力的場面よりはゆるくなると感じている。
(ラジオはあまり聞かないのでよくわかりません)

以前、なんかのバラエティー番組のコーナーで、女性アナウンサーを対象にしたゲームをやっていた。これが何ともなさけないゲームだった。

水着の女性のアナウンサーは紙でできた衣服を着ている。プールサイドからはタレントさんたちが水鉄砲で水をかけてその服を溶かしていく。その間にもめげずに、彼女たちは何かのテーマで実況のようにしゃべり続けなくてはいけないというのがゲームの内容だった。

嫌な気分になってチャンネルを変えたけど、まったくなんとなさけないことだろう。
セクハラを電波で公開してどうするんだよ。
企画から制作、放映の過程に関わっている人達は、そのような番組を自分の子供に見て欲しいのだろうか? 

たしかに芸術的表現と卑猥な表現の違いを明確にするのは難しいけど、表現されているものが「表現の自由だ!」とか強気に言える内容かどうかなんて、普通の感覚でだいたいわかるんじゃないかと思うのだけれど。

テレビに限らず、ヌード写真が入った雑誌とかはコンビニでも簡単に買える。一応「未成年は購入できません」とかいった但し書きは店内にされているけれど。そんなもの有名無実だ。
以前、台湾へ旅行したときには、台湾のコンビニにでもそうした写真などが掲載されているだろうことが表紙で判断できる雑誌は置いてあったけど、すべてラップで包まれていて立ち読みができないようにされていた。
テレビ放送で無理なら、せめてそれぐらいの法的規制はあってもいいんじゃないかと思う。

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晩婚と高齢出産

正直言ってもう決して若くない。1人のときには、タイトルのようなことを思い詰めてしまうこともある。

結婚相手の年齢については、もともと「若い女性でないといやだ」という条件を自分はもっていない。
でも、子供は欲しいとは思っている。
縁というものは誰にもわからないけど、普通は自分のような「おっさん」と呼ばれてもおかしくない年齢の男性が、妊娠から出産、そして子育てという体力と精神力を相当に駆使するライフステージをわりと余力をもって過ごせられる世代の女性と結ばれる確率はあまり高くない。

となると、お相手となる女性の年齢によっては、そしてその人が出産に同意してくれるなら、いわゆる高齢出産という状態になる可能性は十分ある。
妊娠から出産、そして子育てに関わる精神的・肉体的負担のほとんどは女性にかかってくるのだけれど、自分もそこそこ年齢はいっているわけで、子育てという段階になってくるとやはり体力的に自分も不安にはなる。
子供が生まれてきて終わりじゃなくて、そこから「始まり」なわけだからね。

年を経れば経るほど、女性にも男性にも、単純に「体力」という面において妊娠・出産・子育てという流れは大きな峠だ。
特に肉体的負担は女性により多くかかるので、場合によっては、子供は作らないという選択をするしかなくなることだってありえる。
結婚が遅くなるということは、そういう事態が起きる可能性もあるという覚悟が必要になるということだろうとも思う。

男女双方が、子供はいらないという気持ちでいれば多少はこの問題は互いの人生の中で重要度を下げていくかとは思うけど、気持ちなんて何かのタイミングで変わるかもしれないし、本人達はしっかりと避妊していたつもりでも妊娠してしまったという事態だって起こりえる。

だからといって、結婚するなら子供が欲しいので年齢的に若い女性しか相手として考えないというのも個人的に何か違うんじゃないかという気がする。
自分が女性で、そういうことを言っている男性に出会ったら「女性は子供製造マシーンじゃないんだ。女性を馬鹿にするな」といいたくなるだろう。その男性が自分の恋人だったりしたらなおさらだ。ひょとしたら殴ってやるかもしれない。

まぁ、その辺は個人の価値観の範囲だとも思うけど。
「結婚するなら子供が欲しいので年齢的に若い女性がいい」という考え方を男性がもっていたとしても、そんなことは特に気にしないという女性だっているだろうし。

女性にとっても男性にとっても、結婚する年齢が遅くなるということは、あとあとさまざまな余波を生じさせることでもある。

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アズカバンの囚人、見ました

映画版ハリー・ポッターシリーズの新作、「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」先行レイトショーを見てきました。

話の展開のテンポがよく、僕はなかなか楽しめました。
本公開のあかつきにはぜひ真っ先に見に行く映画にしておいてください。
見終わったとき、僕は「世界最速の箒」が欲しくなりました。

それでは皆様に幸多かれと、"Expecto patronum! "

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水に溶け込む

仕事が終わり、まだ少し時間があったので泳ぎに行った。
大好きなクロールでゆっくりと進む。自分の身体の周りを水が流れていく感覚を楽しむ。
もっと力を抜いて泳げるようになって、いつまでも泳ぎ続けていられるようになれれば嬉しいが。

本当は、泳ぐだけでなく、ただただぷっかり浮いて、その状態で手足をゆっくり動かしながら浮遊感を楽しむのも好きなのだけれど、不特定多数の人がいるプールでそれをやって許されるのは小学生まで。いい年をしたおっさんが、そんなことをやっていたら気味が悪いだけだ。…でも、やりたいんだけどね。本当は。

バタフライの前練習としてドルフィンキックで進むのも面白い。大きな魚か鯨ににでもなったつもりで、ゆっくりと水のなかをくぐって進むのは楽しい。
このまま水に溶け込めていけたら、何にもこだわらない、自由な形の存在になれる…かな?

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謎音百景、行ってきました

この記事でふれた巻上公一さんのミニライブ「謎音百景」を見に行ってきました。
場所は、神奈川県湯河原の山深く入った「SERVE 湯河原」というところ。
ここはどういう施設なのかを尋ねるのを忘れてしまったのでよくわかりませんが、なんだか写真スタジオとバンガローを足して2で割ったような感じの建物でした。
なかなか道が難しくて、地図を印刷してもっていたけれど、それでもタクシーの運転手さんが間違えたほど。17時ごろにはどうにか到着。
でも、とても良心的な運転手さんで、ややこしい道のりを少しも嫌な顔をせずに送っていただけました。運転手さん、どうもありがとう。
SERVE 湯河原の入り口から見る湯河原の風景
(奥に見えるのは湯河原の山々)

で、到着すると、おいしそうなパンや手作りの料理が並んで、なにやらホームパーティのような雰囲気。

パンは、湯河原にあるベーカリー『Bread & Circus』の無添加パンだそうです。弾力感がある生地のフランスパンが僕は気に入りました。

沼津で作られているオリジナルビール「ベアードビール」は、実においしい。僕が飲んだのはフルーティーな味が売りらしい「ライジングサン ペールエール」というビール。
他にも「黒船ポーター」とか「レッドローズアンバエール」とか味はいろいろあります。詳しくはWebサイトをご覧になってください。これらのビールはWebサイトから購入も可能のようです。

ヴォイスパフォーマーとして知られている「天鼓」さんという方が、2003年に中伊豆で開いた「とうふや天鼓」のお豆腐も楽しめました。この豆腐も味が濃くてとてもおいしい。

SERVE 湯河原の入り口から見る夜の湯河原
(暗くなってくるとまた雰囲気が違います。)

1時間ほどおいしい料理をいただいていると、次々とお客様がやってくる。
外から見る夜のSERVE 湯河原
(だんだんとあたりは暗くなってきます。)

もうすっかり夜のSERVE 湯河原
(ホームパーティーっぽい雰囲気は伝わりますか)

総勢では40名ぐらいいたかな? もうちょっと多かったかも。
ふと気が付くと、巻上さんもお客様のなかに交じって歓談中。お知り合いと楽しそうに話しておられました。「天才」と呼ばれたミュージシャン「巻上公一」が、自分のすぐ後ろで普通に話しているのを見るのは、とても不思議な気分。

しばらくして部屋を出て行った巻上さんが、ギターのような形をしたどこかの民族楽器らしきものをかき鳴らしつつ、ホーメイをうなりながら入ってくる。
ホーメイは、ホーミーとかもいうらしいけど、モンゴルに伝わる歌唱法とでもいうべきもの。声帯を振動させて気管や喉で倍音を共鳴させるているらしいです。熟練してくると、同時に2つあるいは3つの音を響かせることもできるらしい。

巻上さんは確かに2つ、3つの音を同時に響かせていました。まるで金属を叩いたような音が聞こえる。そんな音が人間の身体から生まれてくるのが、これまた不思議。
しばらくホーメイを聞かせてくれた巻上さんが、「それでは演奏を始めたいと思いますので、隣の部屋へどうぞ」とか言ってくれる。この、とてもゆる~い感じがたまらず良い。

隣の部屋へいくと、巻上さんとは別の人がまたホーメイを聞かせてくれました。続いて「口琴」なる珍しい楽器の演奏も。(ごめんなさい。その方とお話までしたのにお名前を忘れてしまいました。)
口琴は、世界中に存在していて、特にどこの国の楽器とは言えないそうです。おもしろい音だったので、販売されていた口琴をいきおい購入してしまった。
ちなみに、お値段は2千500円。
(口琴について詳しくは、日本口琴協会なる組織も存在していますので、そちらでどうぞ。)

口琴の演奏が終わると、いよいよ巻上タイム。
部屋のかたすみにある木の階段をあがっていくようにうながされる。あがるときには靴は脱いでとのこと。
バンガローのロフトにあがっていくような感じ。階段をあがると、板張りの部屋。みんな思いおもいに座っていきます。
ステージなんてものはなく、ただ前に機材類と巻上さんたちがいるだけ。巻上さんたちの後ろは大きな窓ガラスになっていて、湯河原の山々が暮れなずんでいく様子も見える。
巻上さん達の機材類
(巻上さん達の機材)

巻上さんを中心にして、向かって右にコンピュータ担当のイクエモリさんという方。
左には、ターンテーブルを前においてドーナツ板を使って自在に音を生むDJ Oliveという方。そして、その前にお豆腐も提供してくれたヴォイスパフォーマーの天鼓さんがいるという4ピース。

巻上公一さんは、かの知る人ぞ知る電子楽器「テルミン」の前にすくっと立ち、みなが入りきったと思ったところでおもむろに演奏が始まる。
高く、低く、そして力強くテルミンを響かせる巻上さん。天鼓さんとの声のかけあいもおもしろい。感性のおもむくままに音を生み、声を出していく。あれはいわゆるインプロバイゼーション(即興演奏)っていうやり方だよな。違うのかな? 

僕のお目当ては巻上さんでしたが、4人のなかでも、DJ Oliveという方は、なかなかとんがっておられるセンスで、鋭いです。
ドーナツ板をつぎつぎに取り替えて、いわゆるスクラッチとかも交えながら、さまざまな音を紡いで聞かせてくれます。どうやっているのわからなかったのですが、ヘッドフォンを柱にこすりつけて出す音が印象的でした。
ヘッドフォンですぜ、旦那! ヘッドフォンをこすって音を生むなんて、あたしゃ考えたことも無かったですだ。

全体的には、ああしたアプローチは「サウンドコラージュ」とでも言うのでしょうか。
あまり詳しくないので断言できませんが、僕が感じた印象はそうでした。

途中、いったん20分ほどの休憩をはさんで演奏は続きます。休憩のときも、巻上さんは「それでは、ここでいったん休憩をはさみます。えーと、20分ぐらいしたら始めます」とかいう感じで、どこまでもゆる~い感じでこれまた良い。

休憩の間には、最初の部屋でまた新しいお料理が楽しめました。チキンのハーブ味のソテーが最高においしかった。それに、カレーも美味でした。(何のカレーなのか聞いたのに忘れてしまった。ごめんなさい、スタッフのみなさん)

休憩後の演奏でも気合いの入ったヴォイスパフォーマンスのかけあいが鳥肌もの。がんがんやってくれました。
途中、木製の笛を吹こうとした巻上さん、ちょっと他のメンバーと演奏をゆずりあったりして、それがまた見ていて楽しい。
でもって、あっというまに演奏の最後が来てしまいました。最後とはいっても、「はいさようなら」という感じではなく、「お時間がある方は、まだ料理があるそうなのでゆっくりしていってください」と言ってくださる。さらに巻上さん「テルミンを触ってみたい人はどうぞ」とまで言ってくれて、何人かの方がテルミンに挑戦。
もちろん、自分もやってきました。
巻上さんから「右手の動きがうまい。よく振れている」と言ってもらったのは嬉しかった。

知ってはいたし、写真で見たこともあったけど、生まれて初めて触って見る「テルミン」。ちょっとどきどきしながら、音の出し方を巻上さんに教えてもらっての挑戦。
右手で音の高低を、左手で音量の大小を調整するのだとか。右手と左手の動きを連動させたり、違えたりするのが難しい。
でも、巻上さんが言うに、一番難しいのは同じ音程を出し続けるために右手を止めておくことだとか。どうしても右手が動いてしまうとのこと。じっと手を止めておかないと、手の動きで音程が変わってしまうテルミンならではの難しさ。
でも、生涯初のテルミン演奏は気持ちよかった。テルミンが欲しくなってしまった。

居心地がよくて、演奏が終わってからもしばらくお食事をいただいていました。
巻上さんもしばらくしてやっていらしたので、ずうずうしくもツーショットをお願いしてしまった。
グフフフ…天才「巻上公一」氏とのツーショット写真、そうそう持っている人はいませんぜ。

また、帰りは近所のバス停まで歩いていこうと思っていたのですが、なんせ場所が湯河原の山肌。途中の道が真っ暗だということで、自動車で送っていただきました。
失礼にも、お名前をお聞きしなかったのですが、送っていただいた方、お世話になり、ありがとうございました。

そして、巻上さんをはじめ演奏者のみなさん、スタッフのみなさん、美味しくそして楽しい時間をありがとうございました。

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あおやま 渡邊(ほんとは、「あおやま 長寿庵」)

「渡邊」は青山にあるそば屋さん。数日前に都内での仕事の帰りに夕食をそこで食べました。
「鴨汁そばがき」が美味。
ちょっと濃いめのつゆに鴨肉とネギ。そのなかにそばがきが浮かんでいる。つゆがしみて、そばがきの色も美味しそう。そばがきにああした食べ方があるとは知りませんでした。

鴨肉にはほどよく油がのっているし、量もなかなかにあります。最後に鴨汁を残しておいて、そば湯をもらって入れて飲むのもすてきに美味しい。

「あおやま 渡邊」という店名は、そこの箸袋にそう書いてあった。美味しかったのでココログのネタにしようと箸袋を持って帰ってきたのだけれど、店名が書いてあるだけで、所在地や電話番号は印刷されてませんでした。
詳しい所在地がちょっとわからないんだけれど、東京メトロ銀座線の「青山一丁目」と「外苑前」の間。どちらといえば「青山一丁目」より、という感じの所だったと思う。

■2004年12月18日追記
とかいうことを上にかいてから、昨日久しぶりの都内での仕事の帰りに再び来店。もう少し詳しいことがわかったので追加です。

まず、よくわからなかった所在地から。南青山2-6-18。青山一丁目交差点の近く「りそな銀行 青山支店」の隣ぐらいです。

次に、店名。店名は「あおやま 長寿庵」でした。
上の記事では「あおやま 渡邊」って書いてます。箸袋にちゃんとそう書いてあったから。
でも、昨日行ったおりにレジ横にあった名刺大のカードをもらってみたら、「あおやま長寿庵」って書いてあります。箸袋には「あおあやま 渡邊」ってなっているのに。
で、所在地をよく見てみたら「渡邊ビル1階」って書いてます。「あおやま 渡邊」ってビルの名称なのか?

ビルとそば屋さんの経営者が同じなのかも。とにかく、店名は「あおやま 長寿庵」でした。
「あおやま 渡邊」で検索してた人がいたらごめんなさい。

やはり「鴨なんばん」や「鴨せいろ」といった鴨肉入りのそばが自慢なのか、もらったカードにも「当店独特のつゆです。鴨なんばん 鴨せいろ」という記述が。
つゆがおいしいというのは先にも少し書いてますが、うまみが濃厚でほんのり甘みもあってほんとにおいしいです。残さず飲んでしまいたくなる。(健康のために残したけど)
とはいえ、関西風のうすめのつゆが好きな人だったら、ちょっとからく感じる人がいるかもしれない。
前回はそばがきを食べましたが、今回は普通に鴨南そばを食べました。これまた美味でした。

おそばの種類は2種類あるそうです。
白いそば(更科っていうんだっけ?)と抹茶入りの緑のそば。昨日は白いのしかなかったです。抹茶入りのものの方が人気なのかしら?

定休日は、土日祭日。
営業時間は11時から15時までと、17時半から20時まで。

お勧めのそば屋さんです。是非、一度ご来店を。

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巻上公一をご存じか

君は、巻上公一を知っているか。
生きたまま伝説になったバンド「ヒカシュー」のリードボーカルがその人だ。

今週末6月12日、謎音百景の宴で巻上さんに会える。
まだ遅くはない? 心ある者は聞け。集え! 『謎音百景の宴』へ。

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神様だって難しい

知っている人もいると思うけど、ギリシャ神話に登場する「アポロン」と「アルテミス」は双子です。父である主神「ゼウス」と、タイタン一族の娘「レト」との不倫の結果生まれた子供たちが彼ら。(ゼウスの正妻は「ヘラ」)

アポロンとアルテミスは後にギリシャ十二神に数えられる。そのへんはさすが主神の子供たちだからか? (ひょっとしたら、周囲は扱いに困っていたかもしれない)

このゼウスという人(人じゃないか…)は、随分と好色なキャラクターで、人間やニンフにやたらちょっとかいを出す。その結果、正妻であるヘラが怒るという話が多い。

その怒り方が、お昼にテレビでやっているドロドロの恋愛憎悪絵巻級なもので、ゼウスがちょっかいを出した相手を罰するのにヘラは全力を傾ける。
アポロンとアルテミスの母になるレトの場合は、ヘラから世界中に「レトに出産をする場所を与えてはならん」というおふれを出された。

結局、不憫に感じた海神「ポセイドン」が、「いわゆる、大地でなければよいだろう」ということで、当時は「エーゲ海にある浮き島」だったと言われている「デロス島」をレトに与え、レトはそこで出産することになる。
まさしく、「捨てる神あれば拾う神あり」だね。

しかし、ゼウスは何も言わなかったのか?
もっとも不倫相手を旦那がかばったら、正妻としてはぶち切れるわな。不倫相手を懲らしめてやろうと思うのも無理はないか。
神様だってこのざまで、まったく「男性」という存在は神々の時代の昔から浮気を止められないようです。全ての男性がそうではないけど、そんなに難しいものかしらね?

そういえば、知り合いのある男性は奥様が「元某ミスコン優勝者」という方で、とてもきれいな奥様なのだけれど、そんな奥様がいても飲み屋のお姉さんの太股を触るのが楽しいとのたもうておりました。

自分はまだ独身だけれど、結婚してからも他の女性に触れるのが楽しいと思ってしまうのは何が原因なんでしょうかね。自分としてはそうはなりたくないと思っているのだけど。

もし妻の方が浮気をしたら? 自分としては叱りとばすと思うね。場合によるだろうけど、実家へしばらく帰っていなさいって言い渡すかも。まぁ改心の姿が見えたら最終的には許すと思うけどね。

でも、もし居直りだして「あんただって、隠れてやってんでしょ!」なんて言いだしたら、百年の恋もさめる。ぼろ雑巾のように感じてしまうかも。
誰にでも過ちというものはあるし、未来の奥様、「ごめんなさい」って素直に言ってね。
でもって僕が「ごめんなさい」って言ったときにはすぐに許してね。だって、神様だって難しいんだから。
(阿刀田 高 「ギリシャ神話への誘い」;20004年6月3日付け 日経新聞を元に)

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幸せなら、いいのさ

父と母といっしょに久しぶりに過ごし、ずいぶんと楽しかったせいもあって、両親が帰ったあとちょっとホームシック。
こんなときは「やっぱり家族がいるっていいなぁ」って思ってしまう。独身生活が長いし。
出会いが無いんだよなぁ。仕事と家の往復だしね。

そういえば、箱根旅行中に箱根神社で結婚式をやっていた。晴れていてよかったね。
新婚の彼と彼女は、そのあと人力車に2人で乗って、芦の湖のそばを走っていきました。
ちょっとうらやましかったけど、でも半分「あれは恥ずかしいぞ」と感じた姿でもあったけど。
人力車だよ。角隠しに紋付き袴で人力車にゆられて箱根の町を横切っていくんだよ。「嬉し恥ずかし」とはこのことだよ。

でも、若かりし頃、某有名結婚式場で披露宴スタッフのアルバイトを数年間していた自分にはちょっと想像がつくけど、ああいうときは嬉しさ爆発。他人から見たら恥ずかしいことでも、本人たちは幸せいっぱいさ。
本人たちが幸せなら、人力車だろうが、レーザー照明だろうが、スモーク出そうが、ゴンドラで登場だろうが、2人の写真つきの皿を配ろうが、何をやってもそれでよいのだ。周囲はひたすら「ごちそうさまでした」と言っているしかないのだよ。

しかし、あの人力車はどこへ行くのだろう? 他の親族一同の皆さん方はその間に何をしているのか?
あるいは、どこか披露宴とかの集合場所が決まっていて、新郎新婦は人力車で移動。親族一同はタクシーなどで先に行って待っているというパターンなのか?

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イトウは釣らないで

日本経済新聞の最終頁に掲載されている「文化」というコラム。日によって変わる執筆者が、興味深い話をそれぞれ読ませてくれるので楽しみにしている。

本日(2004年6月1日)の執筆者は北海道大学名誉教授の「山代昭三」さんという方。
山代さんは、サケ科の淡水魚で北海道に生息し、個体数がとても少ないため『幻の魚』とも呼ばれている「イトウ」の研究を続けておられる。研究を始めたのは1960年だったとか。
でも、そのころすでにイトウは希少だったとのこと。

研究の結果のひとつとして、イトウは産卵までに長い年月を要し、さらに産卵後も15年以上も生きることがわかった。

比較的長い生息期間のせいで世代交代に時間がかかり、そのために「種」として環境変化に対応するのも時間がかかる。それが個体数激減のひとつの要因だと。さらに、そもそも「イトウ」自体も縄張りを護るということをしない魚だそうです。
個体数を増やす研究の一環として養殖はされていて、何度か放流したりもしたそうですが、そうした性質のためになかなか増えないのだとか。

驚いたのは、「イトウ」には”禁漁期”がないのだそうです。『幻』と呼ばれるくらい少なくなっている生き物なのに…

山代さんたちは、4月~5月の産卵期だけは、せめて「イトウ」を狙うのをやめてくれるように釣り人に訴えているのだとか。
環境変化にとても敏感な魚だけに、釣り人がキャッチ&リリースしたとしても、「釣られた」という衝撃は彼らにとっては大打撃かもしれません。

釣り人だけが悪いのではないけれど、釣りをする人のなかには自然を愛する人が多いと思います。
40年前の時点ですでに希少だった「イトウ」が増えていくには、『幻の魚』を狙いたい気持ちはわかるけど、それはしばらく止めようとする動きも必要なのではないかなと個人的には思ったしだい。

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