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理由は、おもむろ

野球はさっぱりわからないという内容の記事を前に書いたけど、じっくりと見たことはなかったので、今夜(4月3日)テレビで放映されている「巨人対阪神」を生まれて初めて見てみた。

けれどやっぱり、おもしろくなくて見ているのに飽きてしまった。
全体的にテンポがのろいというか、けだるいというか、もったりしているというかどうも画面を見ていて爽快なスピード感が自分には感じられない。
そこで、自分にとって何がそんなにおもしろくないのだろうと考えてみて、大きく2つの理由を思いついた。

ひとつには、解説者とアナウンサーの会話の調子が冗長であるということ。
まるで、観客席で野球をのんびりと見ている近所のおっさんが、選手の調子がどうだとか技術がどうだとか世間話のようにだらだらと話しているのを聞いているようだ。
今日が選手の誕生日だとか何とかアナウンサーが言っていたにはちょっとびっくり。そんなことをアナウンサーがわざわざ言う必要性がよくわからん。
野球の試合中に選手の誕生を指摘することに何の意味があるのだろう?

冗長な印象を感じる次の理由は、選手の動き。
塁を目指すときや送球するとき、あるいは打球を追うときなどには一瞬のスピード感はあるのだけれど、全体的には、どちらかというとまったりとした動きが続くように見える。
たとえば、
1.投手、指先に滑り止めと思われる白い粉をつける。
2.投手、その白い粉がついた指で帽子をぬぐ。
3.投手、右肘のあたりを使ってユニフォームで額の汗をぬぐう。
4.投手、ちょっと位置を整えるようにして帽子をかぶり直す。
4.投手、ボールをグローブの中に包み込むようにして、最初の投球ポジションにつく。(セットポジションだっけ?)
5.投手、投球を行う。

僕の感覚の中では、実に「ようやく」という印象でボールが打者へ向かって放たれる。

そして、ストライクを取られた打者の交代は、これがまたのんびりとしている。
1.バッターボックスに入っていた打者、おもむろにベンチへ向かって歩いて戻る。
2.次の順番を待っていた打者、場内放送で名前を呼ばれる。
3.名前を呼ばれた打者、おもむろにバッターボックスへと入ってくる。
4.打者によっては、シャツの袖やパンツの腰回りを気にしたり、バットの握り具合を少々確かめたりする一連の小さい動きを続けて行う。
5.打者、投手へ向かってバットをかまえる。

先の打者がベンチに戻るときも、次の打者が来るときも、さっと移動するようなことはないようだ。なぜか、誰もがおもむろに歩いている。(場合によっては若干の小走りだけど。)

投手と捕手が次の戦略のための打ち合わせをするときがあるが、このときも互いにさっと走り寄っていくようなことはまずない。おもむろにてくてくと歩いて互いに近づいていくときの方が多い。

こうした一連の動きが、どうももったりとして見えてしまう。とにかくやたらと「おもむろ」なのだ。

ちょっと話は変わるけど、野球をテレビで初めてじっくり見て驚いたのは、選手の幼少のころの写真とか出して、生い立ちを振り返ること。
ああしたことが試合中にできるということが、間延びした印象を感じる要因の1つにもなっていると思う。
ボクシングの世界戦のように試合が始まる前に選手の生い立ちやプロフィールを見せてくれるならまだわかるが、試合中にそれをやるとは本当に驚き。
テレビを見ている人に向けてやっていることで、球場で観戦している人は知らないことだけど。

結局最後まで見られなかった。

こういうことを書くと野球好きの人から怒られるかもしれないけれど、あくまで個人の感想だから勘弁してください。

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