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楽しいモブログ

ここのところモブログで書き込んでいます。 いつでも、どこでもという感じで書き込めるのが楽しい。

あとは、携帯電話機でもココログの閲覧、記事やトラックバックなどの作成・編集ができると嬉しいです。 そうすれば、携帯電話機対応のページを見ていて感じたことをすぐに書き込めますし、PCが無くても、いただいたコメントを読むことができて、もっと楽しくなりそう。

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オール北朝鮮ロケの映画

いまテレビを見ていたら、オール北朝鮮ロケのイタリア資本映画があったそうです。 題名は「TENZAN(邦題は「情無用の戦士)」。
撮ったのは、フェルディナンド・バルディというイタリア人監督で、監督自身のインタビューも交えてあらすじを紹介していました。

この映画は、イタリアの配給会社と北朝鮮の間で金銭的おりあいがつかずにイタリアでは公開されなかったそうです。 でも、北朝鮮と日本では公開されたそうです。見たことがある人の存在自体が貴重かも。 当時のチラシも紹介してましたから、映画マニアの間では知られている映画かもしれません。 恐いもの見たさでちょっと見てみたいです。

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踊る大捜査線の疑問

以下には、ネタばれがあります。映画をまだ見てない人は気をつけてくださいね。 踊る大捜査線2のインターナショナル版が公開されてます。反響はどうなんでしょう? ヒットしますように。 国内版は見ました。まま面白かったです。 けど、意味がわからなかったことが3つありました。

1つは、被害者達に施されたバラやロープは何の意味があったのか?

もう1つは、青島が犯人を追い掛けるとき、犯人達が仕掛けていた警報機をわざわざ鳴らしながら追い掛けたのはなぜか?

最後は、ナイナイの岡村さんがやってた噛みつき魔は、結局何の意味があったのか? 多分、単なるシャレのつもりなんだろうなと思うのですが、よくわかりません。

この3つの意味がわかる人は、教えてくださると嬉しいです。

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もう少し考えてやろうよ

初めてガソリンのセルフスタンドを使いました。

慣れないせいで、なかなかうまく入れられず、自動車は続いて入ってくるし、他の人を待たせるしでさんざんでした。あんな思いをするならもう二度とセルフは使いたくないと思いましたが、もう使い方はわかってしまったので、また行くと思います。

しかし、うちの近所の某セルフスタンドは、給油機の横に書かれてある指示がわかりにくかったです。
以前、社内マニュアルを作成する仕事をしましたが、そうした中で物事を正しく導くマニュアルに欠かせないのは、「どうなっていたらよいかという結果の記述」だと学びました。
それに照らしてみると、あのスタンドの手順の指示は慣れている人なら問題ないでしょうが、初心者にはあまりよい質ではありません。全てのスタンドが同じでないことを祈ります。

まず、画面の「確定」のボタンの意味がわかりづらいです。「入れたら確定を押してください」って文字が給油機の液晶画面に出るのですが、「入れたら」って「ガソンリン」のことだと思ってしまいました。実は「お金を入れたら確定を押してください」という意味なんですが。

落ち着いて考えたら、一番最初にお金を入れるのですから、「お金を入れたら」の意味だとわかると思うのですが、なんせ初めてでしたし、後から入ってくる人を待たせないように少し緊張してあわてていたので失敗しました。
でも、はっきりと「お金を入れたら」と書いてくれていれば初心者にも優しいと思います。

それに、給油口へのホースのセットの仕方を図示して、合わせて給油の際に気をつける点を明示しておいてくれればよいのにと思いました。
給油ホースの先を自動車の給油口に入れるときに、ホースの先についている刀のつばのような部分が給油口ときちっと重なっていないと、どうやら給油が始まらないようです。
僕がやったときは、少しだけういていたようで、いくらホースのレバーを引いても給油が始まらず、そのうち時間切れ扱いになってしまいました。
時間切れになると、最初に入れたお金を払い戻しする手続きをおつりくれるマシーンでやらないといけません。(僕のどじで待たせたしまった後続車の皆さんごめんなさい)
2度ほどやり直して、ようやく給油口とホースの関係に考えがいたりました。

給油の完了も初めて給油機を使う僕にはわかりにくかったです。
ホースの先がタンクの中に貯まったガソリンにつかると、「満タン」ということでちょとした衝撃があってホースが揺れるのでわかるのですが、画面では「給油中」の文字が出たままでした。どのタイミングでホースを抜いてよいのかわかりづらいです。

それから追加でひとつ。セルフスタンドの使い方とは違いますが、使う側のマナーをもう少し考えて欲しい自動車がいました。
空いている給油機の位置によっては、自動車を前向きにつけると給油口と給油機が反対になる場合があります。その場合は、後ろから給油機に向けて入っていくよう自動車の向きを変えないといけません。
そんなとき、他の自動車が向きを変えようとしているのに、後からきた自動車が突っ込んできて向きを変える十分なスペースを邪魔してしまうことがありました。
お互いもう少し考えて運転したいです。

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大事な書類を

会社に忘れてきてしまった。今から取りに戻る。いやだなー、確かまだ忙しくしている人達がいたはず。

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熱海でどうして

熱海にマシュミエールというフランス料理のお店があるそうです。熱海でフランス料理・・・なぜに?

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変形一本締め

うちの会社でも今日は仕事納めでした。

うちでは、最後に事務所内のみなで一本締めをうって、一応のお開きにします。その一本締めの打ち方は、僕はうちの会社で初めて見ました。

最初は、人差し指1本で始めます。両手の人差し指だけを打ち合わせて、チャチャチャ・チャチャチャ・チャチャチャッチャとやるわけです。
その後、中指を加えて二本で、薬指を加えて三本でと増やしていって、最後は5本の指を全部開いて両手のひらを打ち合わせます。
少しずつ音が大きくなっていって、大人数でやるとなかなか感動的ですよ。

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登録商標だったプチプチ

プチプチってご存じですか。お菓子の詰め合わせなどを買うと中によく入っているあれです。

あれは、実は「プチプチ」の名称で、名古屋にある川上産業株式会社という企業によって商標登録されています。しかもputiputi.co.jpというドメイン名まで所有しています。
参照:http://www.putiputi.co.jp/

いやぁー「プチプチ」が登録商標だとは知りませんでした。

うちの会社の後輩に、幼少のころは米国で暮らしていて、今でもTOEICで950点をたたき出す帰国子女がいますが、実は今日、その後輩から「バブルラップの在庫はありますか」とか尋ねられたんです。
僕は何の在庫があるかと聞かれているのか一瞬わかりませんでした。「ひょっとして、バブルラップっていわゆるプチプチのこと?」って聞くと、「プチプチって何なんですか?」と逆に聞かれてしまいました。

それからはプチプチの呼び名について事務所内で結構盛り上がりました。
僕もこの国で長く生きてきましたが、バブルラップという言葉を聞いたのは初めてです。たとえば、別のある人はプチプチを「パッキン」って呼んでいたそうです。
結局、誰かが「プチプチ」でgoogleを使って検索して、先の川上産業株式会社を見つけました。
もちろん、バブルラップという言葉で検索してもプチプチは見つかります。

みなさん、今後はプチプチって言うときは、川上産業株式会社も思い出してね。

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愛があふれる時

クリスマスが近づくごとに、恋人達の存在が気になります。
男・女がいっしょに歩いているの見るだけで、恋人同士はいいなぁと勝手に決め込んで思ったりします。

クリスマスはキリストの誕生日。
ある人によると、キリストは生涯にわたって、特に男女の恋愛だけでなく普遍的な愛を説いたのだとか。汝の隣人を愛せよという有名な言葉もありますね。
僕はキリスト教徒でもなんでもありませんが、生涯にわたり愛を説き続けた人が生まれたその日に向けて、この星のかなり広い範囲で「誰かを愛そう」という気持ちが高まっていくような気がします。そして、それは単なる偶然ではないかもしれないなという気がしています。

昨年のクリスマスに、あるギフトショップでお店の方に相談にのってもらって選んだプレゼントを、日頃世話になっている友人に送りました。友人が大変喜んでくれたので、いいものを勧めてくれたお礼に、そのたった一度だけ入ったギフトショップにもう一度行き、相談にのってもらった当の女性店員さんに簡単なプレゼントを渡しました。
彼女は、一度口をきいたただけのお客からの突然の贈り物に驚いて「いただけません。こんなの」と言ってていねいに断ろうとしてくれました。
でも、僕は「長い人生、こんなクリスマスが一度ぐらいあってもいいじゃないですか」と言ったら喜んでプレゼントを受け取ってくれました。
いまでも、何か人に贈り物をしたいときには、そのお店に顔を出します。(その人に恋心を感じているわけでも何でもありませんよ。)

互いに楽しく思え、喜んでいられる。そんな時を世界中の人が過ごせたらいいな思います。

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型番フェチ

僕はさまざまなものの型番が何だか好きです。
たとえば、僕が使っている東芝のルームエアコンは、RAS-365JDRといいます。なかなか色気があってしっとりしたよい響きです。ただし、読み方にこだわりが必要です。「アールエーアス」ではありません。「アールエイエス」です。後者でないと、心地よい響きは生まれないのでご注意ください。
ちなみに、同リモコンは、WH-F1Jです。これは「ダブルエイチエフワンジェイ」と読んでください。間違っても「エフイチ」などと読んではいけません。
われわれ「型番使い」は、その読み方によって森羅万象全ての成り立ちを支配します。霊妙な型番の呼び名をマスターするのが、我ら「型番使い」の永遠の課題でもあります。

東芝のものは、雰囲気のよい型番が結構あります。同じように使っている洗濯機はTW-741EXです。これは「テェーダブル」と読んではいけません。「ティーダブル」です。
この「ティー」という部分の響きが胸の真ん中の奥の方をくすぐります。たぶん、恋人にそっと胸をなでられるとこんな感じがするのではないでしょうか。

買ったばかりのパナソニックのDVDビデオレコーダーは、ちょっといかつい感じが気に入っています。DMR-E100Hです。この場合、数字部分は「ヒャク」と読みます。「ハンドレッド」とか「ワンハンドレッド」などと読むと情緒がなくなります。初心者のときに犯しがちな誤りですのでよく覚えておきましょう。

「-」は、「ハイフォン」と読みます。「ハイホン」ではありません。「ハイフン」ではもっとダメです。「ハイフン」ではまるでケンミンです。「お母ちゃん。ケンミンにしてな」とか言わないといけなくなります。(これ、わからない人は無視するように)
「-」は、その生き様がとても自由な美しい存在です。時に主張をし、時には気づかぬほど密やかに型番の中にたたずんでいます。そのときどきの状況とムード、民族的慣習によって「ハイフォン」と読むか、あるいは声に出しては読まずにその存在を大いなる霊感として感じ取るだけにします。全く読まないのは論外ですが、やたら声に出して読むのも品位に欠ける行為です。

あまりおもしろくないと感じているのはソニーです。
衝動買いしてしまった液晶カラーテレビの型番はKLV-15SR2です。これは「ケイエルブイジュウゴエスアールツー」と読むのが正しい「型番使い」の証です。「ハイフォン」は読みませんし、最後は「ニ」ではありません。ましてや「ニィー」などと母音を伸ばしたりするのは愚の骨頂です。
この型番では、冒頭の「ケイエルブイ」という部分にいまいち美麗さの不足を感じるのが惜しいところです。ソニーさんにはなおいっそうの精進を期待したいところです。

我ら「型番使い」は世界のどこにでもいます。ほらっ、あなたのそばにもきっと

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山漬けって言われてもね

某コンビニエンスストアで、「こだわり 新巻紅鮭」というおにぎりを買いました。パッケージには、「伝統的な山漬けで鮭を熟成させて味をつけた」といった意味のコピーが載ってます。

伝統的な山漬けでって言われてもね。僕は知らないぞ。
それとも、普遍的・歴史的・国家的・民族的・世間的・一般的・常識的知識として多くの人が知っているものなんでしょうか。

似たようなことはずっと以前、「粗挽きネルドリップ方式」というものをうたい文句にした缶コーヒーでも感じました。
僕は、「粗挽きネルドリップ方式」というものを知らなかったのですが、コーヒーに詳しい人に教えてもらったところ、ネルと呼ばれる袋に豆を入れて落とすやり方で、おいしいコーヒーをつくることができるだそうです。

その話を聞いて、その缶コーヒーのCMはあんまり意味がないんじゃないかと思いました。
そんな本格的なコーヒーのおとし方を知っている人が、缶コーヒーなんか飲まないだろうし、僕のようにコーヒーに詳しくない人間は、そんなおとし方をしましたと言われても、その缶コーヒーをおいしそうだから飲んでみようとは発想しにくいだろうなと感じたんです。

「山漬け」にも同じような印象をもちました。
でも、何だかよくわからないけど雰囲気でおいしそうという印象を与えることができたらそれでいいのか。

■山漬け
北海道に伝わる昔ながらの製法で、鮭と鮭を交互に山のように積み上げ、鮭の重さで水分を出し、旨味だけを残す方法
(出典:http://www.rakuten.co.jp/isa/511643/518315/

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唄を歌えば、居場所がわかる

映画「グリーンディスティニー」がテレビで放映されてました。

荒野に生きる盗賊『ロー(Lo)』役の『チャン・チェン(Chang Chen)』が、『チャン・ツィイー(Zhang Ziyi)』演じる長官の娘『イエン(Jen)』を拉致した後、彼女にお風呂を勧めるシーンで、『ロー』が言ったセリフが「唄を歌えば、俺の居場所がわかるだろ」でした。
彼女を安心させようとするその一言に無法者だけれどもどこか優しい『ロー(Lo)』の気質が見えて好きでした。
『イエン』が信じた「伝説」は叶ったのでしょうか。

映画は買ったばかりのHD(ハードディスク)付きDVDデッキで録画しました。
僕にとって何度も見られることの楽しさのひとつは、各シーンの意味を考えることができることです。
最初に劇場で見たときには意識に残らなかったシーンにも意味があったとわかったり、逆に、あらためて見るとよく意味がわからないシーンがあったりします。
「あの表情はそういうことだったのか」とか「なんであの風景を彼女の視線で撮っていたのだろう」とか、いろいろ考えると楽しいです。

話は変わってしまうけど、やっぱりいいなぁHDは。
VHSに比べれたらもう無限に録れるような感覚です。標準速度で録っても70時間。少々画質を落としてもよいなら、最長で怒濤の160時間だぁ!
年末の長い特別番組でもまるまる録れる。3倍録画にしなくてもいいから、画面きれいなままだしね。

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見る前に書いてください

「新着情報」のタイトルを適当にクリックすると、たまに「ウェブログをみる前に、記事を書いてみてください。」と書かれたページが表示されることがあります。

これは何なんだろう?
このココログを創った人が、他人のココログを見る前に何か自分で書いてみようよと勧めてくださっているのでしょうか。

その文字のすぐ下に「記事の作成」というリンクがあります。
これをクリックすると、ブラウザのウィンドウを閉じてよいかを聞かれ、はいと返事をするとブラウザが終わってしまいます。ということは、何かのエラーか?
僕にとってココロゴの謎がまたひとつできました。

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窓際に座ると外が見えるじゃない

「窓際に座ると外が見えるじゃない。」
今日は仕事でした。仕事帰りに近くのファミリーレストランで食事をしてきたのですが、そのときに隣のテーブルにいた男性が向かいの女性に対して言ったセリフが聞こえてきました。それがこれ。

何かのたとえ話をしていたようなのですが、さすがに詳しくはわかりません。(僕は他人の話を盗み聞きする趣味はないですからね。たまたま声が大きくて聞こえてきただけですから。念のため)

ちらちらと聞こえてくる内容によると、どうやらお2人は周囲からは「先生」と呼ばれる立場の人のようでした。
男性の方のこのセリフは、話の流れのなかでかなり説得力があるたとえ話だったようで、女性の方はずいぶんと納得していたようすでした。

(あれている学校教育を客観的にとらえ、そこから現場にいる者では気がつけない何かを把握しようとする試みをたとえて)「窓際に座ると外が見えるじゃない。」

(花の生け方を教える際に、生けられていく花をさまざまな面から捉えることで、花をより輝かせるようなすばらしい生け方を見つけようとする作業をたとえて)「窓際に座ると外が見えるじゃない。」

はたまた、あるいは・・・もういいか。
うーん、窓際に座ると外が見えるという話をいったい何のたとえに使ったのだろう。知りたい・・・

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未来の望ましい状態

ちょっとしたことがあって今日は落ち込んでます。
落ち込んだまま何かを考えたりするのは、精神衛生上あまりよろしくないのですが、ココログは何だか自分の精神分析みたいに書きたくなります。

そういえば、ココログを始めてから、不満なことを書いている場合が多いと気がつきました。「暗いと不平を言う前に進んで明かりをつけましょう」という言葉があったけど、この言葉の是非はともかく、自分としてはあまり不平・不満をはき出すような人間ではなく、やっぱり進んで明かりをつけられる人になりたいなぁ。不平・不満をはき出すこともたまにはよいでしょうが、いつもだとね・・・

題名を忘れてしまったけど、以前読んだ本に「支持する理論」と「使われている理論」というものがありました。
人間は自分が賛同し、良いことだと思っている考え方、つまり「支持している理論」があっても、実際に具体的に行動するときには異なる考え方、つまり「使われている理論」があってそれに基づいて行動する場合があるという話です。
当たり前といえば、当たり前な話なんですが。僕は不平・不満をしょっちゅう言っているのはよくないという「理論」をもっているのに、不平・不満をはきだしているわけです。

同じ本で、「どうなったら嫌かといったような話題を尋ねるとたくさん挙げられるのに、どうなっていたらよいかを嫌なことと同じぐらい挙げるのが難しい人たちがいる」という話もでていました。
たとえば、将来にどんなことがあったらいやですか・どんなことが起こって欲しくないですかといった質問をそういう人たちにすると、避けたいこと、嫌なことがたくさん出てくるるけど、逆に将来にどんなことがあって欲しいですか、どうなっていたらよいですかという質問をするとなかなか出てこないというのです。

僕もそういう傾向があるようです。
確かに、これから先こんなことは起こって欲しくないということは思いつきますが、ではどうなっていたらよいかという「望ましい状態」を挙げることが難しいです。
「あのとき」「あのとき」の積み重ねが「今」を作り、「今」「今」の積み重ねが未来を創ります。未来の望ましい状態は、自分自身の「今」がどうあるか、今何をするかにかかっているのだろうなぁ。

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やっぱり大事だよね

「くわとろ」さんという方が、quatro: 結婚しても恋愛したいというココログを書いておられます。共感できる部分が多かったので、勝手ながら初めてのトラックバックの相手先にさせていただきました。

僕にはまだ結婚を話し合うようなパートナーはいませんが、僕も結婚しても恋心は失いたくないなと常々思っています。でもね、この話を既婚者に向かってすると、たいていの既婚者は「まぁ、今のうちは言ってなよ」とかいうような発言をします。

しかし、なんで僕の周りにいる既婚者たちは、結婚に対してマイナスのことしか言わないんだろう?
独身者に対して先輩として、ちょっときつめに言っておいた方が役に立つだろうという親切心なんだろうなと思っているのですが。
「家族がいるっていいよ」「はやく結婚しなよ」とはっきりと口にした人は2人だけです。

「愛している」とか「きれいだね」とか奥さんに言わないっていう人もいっぱいいます。会社の同僚の中には「そんなに言うものじゃないんだ」と主張する人もいましたが、僕に言わせれば、「じゃあ、いつ言うのよ」って感じですね。
既婚者の皆さん。一番最近、奥さんに「愛しているよ」って言ったのはいつでしょうか。言わなくてもうちのはわかってくれてるとおっしゃるかもしれませんが、確かにそうであっても、それは奥さんが奥さんの力でわかってくれているのであって、旦那さんが自分の力で伝えているのではありません。

大切に思っている人に対して、もう少しだけ頻度をあげて「愛している」を口に出して言ってもいいのではないかと僕は感じています。

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お肌、ツルツルだわさ

周囲からは男のくせにと言われることもあるのですが、僕はスキンケアには気をつかってます。別に化粧はしませんが、肌の手入れは結構本気で取り組んでます。

というのも、子供のころから手のあかぎれと顔の皮膚の乾燥が半端じゃないんです。
手なんかは、ちょっと油断するとかさかさになってきて皮膚が割れてきて小さな傷がいっぱいできます。そして、それらの傷からは血がでてくるんです。
そうなるともうフランケンシュタンインの肌のようで、見た目もみっともないし、衣類やらその他もろもろ触ったものに血がついてしまってどうにもなりません。
で、ぬるま湯と石鹸で優しくあらって、ハンドクリームを塗り込むという作業がかかせなくなります。ちゃんとケアしていれば、ぜんぜんあかぎれは起こりませんし。

顔はとくに唇とその周囲の皮膚が乾燥してしまいます。
唇は乾燥してくると薄皮がぼろぼろになってきます。じんじんとして、なんともいえない痛みも生じてきます。ですから、秋から冬の乾燥する時期は、リップクリームが必需品になります。
唇の周囲の皮膚については、女性にもおられるようですが、いわゆる「粉がふく」という状態になります。それも僕の場合は、まるでカビが生えたんじゃないか思うくらい白くなってきます。もう本当に悲しくて、みっともない顔になってしまうんです。

でも、これもこまめなケアが大切。ぬるま湯でよく石鹸を泡立てて洗い、クリームや保湿剤を塗っておくと全然大丈夫です。
この間、会社でちょっとこうした話をしてしまったんです。そしたら、周囲の女性の皆さんよりも僕の方が、クリームなど使っているケア用品の品数がいくつか多くて、「私たちより使ってるじゃん」って、中にはちょっとひいてた人もいたりしましたね。はははは・・・仕方ないじゃん!本当に肌荒れがひどいんだからさ!こっちは大まじめなんだよ!

だいたい、なぜか男性用のスキンケア用品というのは、みょうに「見た目の美しさの維持・向上」に重点が置かれています。僕はしませんが、男性用の泥のパックなんかもドラッグストアで普通に売っていたりするんですよ。
でも、女性が使うような水分を肌に与えたり、水分の乾燥を防いだりする「「見た目の美しさ」というよりは、「肌の水分量の維持・向上」を主眼とした男性用品がないんです。
仕方ないんで、僕は女性が使っている「水分を肌に与える」用品を買ってきて使ってます。いわゆる「化粧水」ってやつです。

この呼び名がよくないです。僕の周囲にいる多くの男性は「化粧水をつける」という言葉と「化粧をする」という言葉が全くイコールになっているんです。さらにまずいことに、僕の周囲にいる多くの女性は、どんなに肌荒れに悩んでいようと、男が「化粧水つける」という行為をよしとしてくれません。
結果として、「リップクリームを使い、化粧水をつけている」僕という男は、うちの職場の男女両方からひかれるわけです。(みんながひくわけではないけどね)

そもそも、皮膚のトラブルを何とかしたいという思いに性別は関係ないでしょうが!
本来なら、平等に扱われるべきものを性別が故に異なるものとして扱われてしまう苦悩というのは、この國の歴史が女性に対して行ってきた恥ずべき行為ではないか!!うんぬんくんぬん・・・

全くぽろっと言ってしまったせいで大変ですわ。何かよい言い方はないかしらん?

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みんな幸せでいてほしい。

ココログの使い方がよくわからなくて、いらいらしていたのですが、通っているスポーツクラブでひと泳ぎして、夕食を楽しみ、テレビを見たら気分が落ち着いてきました。我ながら単純な精神構造です。

やっぱり、ストレス解消には運動と美味しい食事だね。これでかわいい恋人でもいれば言うことなしだね。フン!どうせ独り身さ。
そういえば、以前つきあっていた人が結婚したという知らせを最近もらいました。仲が良かった人が幸せになるのはとても嬉しいことです。

世の中、ぶっそうで不幸な話が起こりすぎだと感じています。たとえ何の面識がない人でも、人が苦しかったり、傷ついたり不幸になる話を見たり聞いたりするのはつらいです。
最近は、人の生き死にの事件が多いです。それも親兄弟の間で傷つけたりするのはなぜなんでしょう。
それに、だいたい不幸な出来事というのは、どうしてそのタイミングなのよと怒りを感じるタイミングで起こることが多いようです。
ある人にとっての不幸が、他のある人にとっては幸福になっていることもあります。みんなが幸せでいられるというのは無理なんでしょうか。

何をもって幸せというのかという幸せの軸・基準をどこに置くか、それによって幸せのあり方が変わってくるでしょうが、不幸のまっただ中にいるときには幸せの軸・基準などを考える余裕は僕にはありまん。
ただ、当たり前な話ですが、意図して他人を不幸に陥れることはしないで生きていこうと考えています。

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■もう、イヤになってきた

自分でいらつきやすい性格なのはずっと自覚してたけど、ココログ2日目でやっぱりもういらついています。
人間ができていない証拠だなぁー。

いろんな人に教えてもらって、トラックバックがようやくわかったと思ったら、今度は「クィック設定」の説明がさっぱりわかりません。
この説明を書いた人は、「読み手に簡単にわかってもらおう」とは思ってくれているようですが、「簡単にわかるようには書けていない」という感じが僕にはしています。

いわく、
1.クイック投稿画面で表示したい項目を選択します。

2.「作成」ボタンをクリック。

3.生成されたクイック投稿リンクをお使いのブラウザーのメニューバー(お気に入りツールバー)までドラッグ&ドロップします。
とあるのですが、「作成」ボタンを押した後に表れた画面のどこに、どのような形で「生成されたクィック投稿リンク」というものが存在しているのか、さっぱりわかりません。
僕が見ている画面に書かれた文字列のなかで、なにやら意味ありげに存在しているのは、「ココログ クイック投稿」と「クイック投稿機能を Windowsの右クリックメニューに追加」という2つの緑色の文字列です。

どうやら、この文字列をハイライトしてドラッグ&ドロップしろということのようです。
でもって、「ココログ クイック投稿」という文字列をハイライトしてドラッグ&ドロップしたら、「通行禁止」マークがでるじゃないですか。うーん、違ったようです。
いったい、この画面にどこにドラッグ&ドロップできる「生成されたクイック投稿リンク」というものがあるのだろう?
えーい、いらつくわい。
せっかく、ココログがおもしろくなってくるかもって思えていたのに。僕の使い方が間違っていますように。

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■あたふたしてます

「トラックバック」についていろいろ情報をいただきました。コメント、トラックバックしてくださって、みなさんありがとうございます。トラックバックがどういうものかはとてもよくわかりました。

■あたふた-その1
悲しいかなココログ自体の使い方に慣れていないので、コメント、トラックバックしてくださったみなさんへのお例やお返事の仕方がまだよくわかりません。少しずつ使い方に慣れていきたいと思っています。

■あたふた-その2
生まれて初めてDVDデッキなるものを購入しました。年末に元横綱とボコり合いをするつるっぱげの兄ちゃんが宣伝しているやつです。
でもって、DVD-RAMへいくつもの異なるVHSから番組をダビングしようとして、「先に録画した番組の一番最後をどうやって見つけるのか」を、メーカーさんに尋ねてしまいました。
だって、VHSへのダビングでは、いつも最後を見つけてそこでポーズをかけて、次のを用意してたんだもん。(この話がわからない人は、同じ質問をメーカーさんのサポートに尋ねてみてね)

■あたふた-その3
クレジットカードを無くしてしまいました。口座はすぐに止めたので何も被害はなかったけど。
クレジットカードを無くすなんて始めてです。クレジットカードと財布、自動車と部屋の鍵、それに火の元だけは、うっかりがないように気を付けて今日まで生きてきたのに・・・と悔やんでいたら、出てきました。
でも、もう口座を止めちゃったよ。何かとお金を使う時期なのに、すごくへこみます。

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何度読んでも、よくわからん

「トラックバック」がよくわかりません。

説明のページを何度読んでも、いったい何をどうするものなのか、何ができるものかよくわからない。
俺って頭が悪いなぁと少々落ち込んでいます。
リンクをはるということはわかりました。で、従来のリンクをはることと何が違うのか。これがわからない。
使い方となると、もっとわかりません。「トラックバック野郎」の説明ページを、もう5度ぐらい読んでいるのに。

いわく、「ユーザーがリンク先の相手に対して、リンクを張ったことを伝えることができます。さらにそこにはリンクを張ったユーザーが運営するウェブログ(blog)の URL やユーザー名、内容について記述することが可能になっています。」って、これって従来やってきたリンクと何が違うのかピンとこない。
相手にリンクを張ったことを伝えてたし、リンク先のページがどんなページかという説明だって書いてきたがな。
よくわからん。

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うちの会社の方がもっと大事にしてくれてるのに

2003年12月3日のニュースで、阪神球団の金本という選手の話が載っていました。(これを読んでくれている方へ。僕は野球はさっぱりわからないので変な記述があっても許してくださいね)
金本さんは契約更改をして、年俸2億6000万円なのだそうです。契約更改の時に、球団側に出した要望が、「ロッカーのスイング用の鏡が右打者用しかないので、左打者用も作って欲しい」というもので、その記事によると、設置費用は、数万円で、球団側から了解を即答で得たとか。

この記事を読んで、2億円以上も払って契約する価値があると評価している選手に対して、雇用している組織としてもっと気をつかってあげたらいいのにと感じました。
ロッカーの鏡なんて、ちょっと選手の身になって考えれば、すぐに右・左両方が必要なことぐらい気づくでしょうに。

単純にこの鏡を設置するという程度のことだけを比較したら、うちの会社の方がもっと従業員のことを考えて環境を整えてくれていますよ。
億の金額を払っても、いて欲しい選手なんだからもっと大事にしてあげて欲しいものです。

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皇后の誕生日も国民の休日に

以前から、「天皇誕生日」は国民の休日なのに、皇后の誕生日がそうならないのは、女性差別ではないかと感じていました。そんな僕にとってちょっと興味深い新聞記事に出会いました。

日本経済新聞で連載されている「私の履歴書」という記事を好きでよく読んでいます。2003年12月4日は、映画監督の今村昌平さんが担当していました。
4日のその記事によると、今村さんは、昭和8年(1933年)に東京女子高等師範(現お茶の水女子大学)の付属に入学されたそうで、この学校は皇后とゆかりが深いので、皇后の誕生日(3月6日:当時は地久節といったそうです)を休んでいたのだとか。
皇后の誕生日を休日にする文化があったんだなと興味深く感じました。

ちょっと祝日について調べてみました。
戦前の祝日としての「節」というのは、「紀元節」「天長節」「明治節」あと「四方拝(しほうはい)」の四つがあったそうで、まとめて「四大節(しだいせつ)」といったのだそうです。
1月1日が「四方拝」の日で、天皇が元旦の早朝、天地・四方を拝してこの年の天災を祓い、五穀豊穣と宝祚長久・天下泰平を祈願する朝儀を行ったことが、この名の由来のようだという説明をみつけました。
(出典:http://www.warbirds.jp/ansq/7/G2000308.html)

ついでに、見つけたのですが、3月6日は「世界一周記念日」なのだそうです。
1967年の3月6日、日本航空の世界一周西回り路線が営業を開始したそうです。それまで日本の航空会社は、日米航空協定によって世界一周路線を持てなかったそうで、「世界一周記念日」は、そのことを記念しているんだそうな。(出典:http://www1.biz.biglobe.ne.jp/~taka-jc/kawara/kinenbi/kinenbi2.htm)

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世界の中心で、ちょっと驚き

こっちの記事で、「世界の中心で、愛をさけぶ」(片山恭一、小学館)の題名が、テレビアニメーション「新世紀エヴァンゲリオン」の最終話タイトルにそっくりと思っていたら、「新世紀エヴァンゲリオン」にも元ネタがありました。

それは、『世界の中心で愛を叫んだけもの』ハーラン・エリスン (著),ハヤカワ文庫 (1979/01) 早川書房、原題:The Beast That Shouted Love at The Heart of The World
という本です。
「新世紀エヴァンゲリオン」が話題になっていたころに、本に詳しい人の間では、最終話のタイトルがハーラン・エリスンの本のタイトルとほとんど同じなことも話題になっていたようです。うーん、知らなかったなぁ。

いわゆる「本歌取り」ってやつですね。
ということで、片山さんは、ハーラン・エリスンの方に照準を合わせていたのか、あるいはエヴァンゲリオンに照準を合わせていたのかが僕は気になりました。
ほんのちょっとだけ読んだけど、あの主人公の雰囲気は、エヴァンゲリオンの主人公「碇シンジ」風だと思うのだけど。

そう言えば、最近男がやたらうじうじ、うだうだしている話を見ることが多いです。
「マトリックス リローデッド」のDVDを買ったのですが、ネオは何だか寂しがりで甘えんぼの男の子という感じです。「僕ね…僕ね…」って半分鳴き声で言いながらトリニティに抱きついて「大丈夫よ僕ちゃん。僕ちゃんならきっとできるわ」とか慰めてもらってるような感じです。
モーフィアスもいっけん男らしい感じだけど、何だか昔の恋人に未練がましいようにもみえるしなぁ。

あんまりヒットしなかったけどルーシー・リューとアントニオ・バンデラスの「バリスティック」って映画でも、ルーシー・リューは無敵の人間兵器として銃やら爆薬やらで周りを破壊しまくってますが、バンデラスが演じるエージェントは登場シーンでは昔の思い出にひたって飲んだくれだし、その後もどちらかといえば助けてもらっている時の方が多いし。

以前見た「ロード・オブ・リングス」では、フロドは「使うな」と言われている指輪の力を、ちょっと危なくなったかと思うと使っちゃうし、そのくせ指輪をはめたとたんに怖くなって大あわてで外してたし。
そうやって、怖くて指輪を外したくせに、また危なくなったらやっぱり指輪をはめて、そんでもってやっぱり怖くなって外すというのを繰り返してました。第2部でも、もうほんとにうだうだしていてはっきりしない。お付きのサムの方がよっぽどしっかりしてました。

「ハリーポッター」のシリーズでも、ハリーやロンよりは、ハーマイオニーの方が頼りがいありそうだったし。ホグワーツの先生方にしても、男性教諭よりは女性教諭の方がしっかりしていそうでした。

男性諸君、はらからよ!もっと強くなろう!!
俺は男だ!俺が法だ!俺が世界の中心だ!と叫んでみよう。
でも、どうしても言えなければ、一番優しくしてくれる人に「がんばって、あなたなら言えるわ」って勇気づけてもらおうね。

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世界の中心でアイを叫んだけもの

「世界の中心で、愛をさけぶ」(片山恭一、小学館)という本が100万部を突破したとか。

この本、実はずいぶん前に買っていました。(自慢してるわけではないよ)
でも、ぜんぜん読まずに放っりぱなし。100万部を突破したというニュースで持っていたの思い出し、片づけてあったものをひっぱりだしてきました。

なぜこの本を買ったのかにはほんのささやかな理由があります。
わかる人にはわかるでしょうが、この題名、かつて大変話題になったテレビアニメーション「新世紀エヴァンゲリオン」の最終話(たしか、第26話だったと思いますが)のタイトルにそっくり。
それが、「世界の中心でアイを叫んだけもの」ってやつ。
なんか関係あるのかなって思って、深く考えずに本をレジに持っていったのを覚えています。

で、この本。ちょっと最初のページを読んでみたのですが、あまり好きになれず、読み進もうとする気持ちになれませんでした。
100万部も売れているこの本の良さがわからないというのは、ちょっと問題かもしれないと、なぜ問題だと思うのか理由がこれまたよくわからない不安を感じています。流行におくれているかもしれないというこわさかな?

それにしても、なぜこんなにそっくりな題名をつけたんだろう。内容的にどこかで関係があるのでしょうか。でも、あまり深い理由はなくて、単に著者の片山恭一さんが「新世紀エヴァンゲリオン」が好きなだけだったりして。

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それは、マナーでしょ。

最近、町中でのろのろと歩いていると僕には感じられる人が多くて、邪魔だなと思っています。
原因の多くは、携帯電話によるメールの送受信です。彼らは、携帯電話の画面を見ながら歩くので、のろのろ歩きになって邪魔なんです。ちょっと脇によってやってくれればいいのにといつも感じています。

一度、携帯電話でメールのチェックをしながら歩いている人に、何のタイミングなのか、右・左・前の3方を囲まれるようになったことがあります。
特別に急いでいたわけではなかったのですが、見知らぬ人たちに3方を囲まれて、自分のペースで歩けないのは、気分がいいものではありません。そのときは、少し歩調を落として彼らと距離をとり、そのまま道ばたによって、しばらく待って、さらに彼らとの距離をあけるようにしました。

はたまた先日、電車の某駅で昇りのエスカレータにのっていたときのことです。
僕の前にいた50代ぐらい男性が、エスカレータから降りて2歩ほど進んでそこで止まってしまいました。
僕は彼にぶつからないように急に立ち止まる形になってしまい、そのせいで、今度は僕の後ろにいたお爺さんがあわてて、僕にぶつからないようにしようとしてくれたので、まだ少し動いていたエスカレータのステップの上でふらふらとこけそうになってしまいました。
お爺さんは、体勢をすぐに立て直すことができたけど、僕の前で立ち止まった男性はそのままの位置にいて携帯電話の画面を見ています。
急に立ち止まって、さらにそのままの位置で動かずにいる彼の周囲への配慮のなさに腹が立ったので、僕はその男性をどかそうとして、彼の右肩あたりを軽く押しました。
すると彼は、携帯電話の画面から視線をそらさず、押された肩と反対の片足を軸にして半回転したのです。

僕は喧嘩になってもいいやと思いながら彼の背中を押したのですが、彼は特に怒鳴ることもなく、そのままの状態で携帯電話でメールを入力してました。
ダメだこいつと思いながら、そこを離れたのですが、ちょっと脇によって道をあけるという気づかいをして欲しかったです。

身体に障害があって動きがままならないなど特別な理由がないなら、携帯電話の使用に限らず、何かの理由で人通りがあるところで立ち止まる場合や、周囲と比べて歩みが極端に遅くなりそうなときには、急に止まらずにそっと脇によって道をあけるのは、マナーだと思います。

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日本緑茶センター株式会社をご存じか

日本緑茶センター株式会社。この会社をご存じでしょうか。
この会社がとある調味料を輸入販売しています。それは何という名の調味料でしょうか?
答えは、「クレージーペッパー」

このクレージーペッパー。とあるイタリアンレストランで初めてお目にかかったのですが、これがなかなか美味しい。
ピッツァによし、ペンネによし。チキンにもよし。単に辛いだけでなく、何とも言えない風味があります。何度と無く振りかけて食べたくなる味でした。長い人生で初めてであった調味料。しかも、日本緑茶センター株式会社というちょっと意表をつく名の組織が輸入販売している。似合わないなーというのが、最初の感想。

同じ時に、僕は「青いタバスコ」があることも初めて知りました。といってもビンが青いというだけで、中身は、青をもう少しくすませたような色です。タバスコに似たソースというのではなく、ちゃんとビンにTABASCOの文字が書いてある正真正銘のタバスコです。
このタバスコは、青唐辛子を元にして作ってあって、辛さが赤いタバスコの5分の1なんだそうです。商品名は、「ハラペーニュソース」っていいます。
僕は「青いタバスコ」があることをぜんぜん知らなかったので、テーブルの上に出てきたときは「90ヘェー」ぐらいの驚きがありました。

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そこのところは、どうなのよ?

先に、万里の長城が宇宙から見えなかった話を取り上げましたが、それ以外にも、思っていたのとは少し違うようだということはありました。

1つは「渡り鳥」です。渡り鳥は、地球の磁気を感じ取って方向を把握していると思っていたのですが、先日見た某TV局の番組によると、どうやら「そういう説」のようで、実際に渡り鳥が磁気を感じ取って方向を定めていると証明されてはいないようです。(TVの話なんで、あくまで、「ようです」なのですが)
それと、今ひとつよくわからないのは、「指紋」です。指紋に同じものがないというのは、今時小学生でも知っている子がいる話ですが、そのことを「いつ」、「誰が」、「どうやって証明した」のでしょか。

まぁ、証明しなくても身体の一部の話ですし、自分にそっくりな顔の人はいても、全く同じ顔の人はいないのといっしょで、指紋だって全く同じものはないだろうなとは思いますが、それにしても、気にはなります。だって、それをもって犯罪の犯人を特定する使い方をされているわけですから、これはもう本当に、絶対に、何が何でも、どうあっても、同じ指紋があっては困るわけです。

警察学校とかどこかに、同じ指紋は存在しないことを証明したデータあるいは関連資料が存在するはずだろうとにらんでいるのですが。あるのかな?

うーん、「思っていたのと少し違う」という話ではなくなってしまった。この話自体が、どうなのよ?だな。

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なんだかなぁ

会社の近くにあるカーブミラーがゆるんだようになって曲がっていました。
もう完全に役に立ってなくて、地面が映っていました。
自分も自動車に乗って通勤しているので危ないし、カーブミラーが使いづらいため、お役所に行って、直してくれるようにお願いしました。
ところが数日経ってもカーブミラーは地面を映したままです。そのまま放っておいたら、本当にゆるんでしまって落ちてきそうなぐらいでした。
そこで、もう一度お役所の専門窓口へ行って、ちょっと脅しをかけてきました。
「あのまま放っておいて、通学途中の子供なんかの上に落ちて当たったりしたら、今時裁判になっちゃうんで、早く直してください」って。
そしたらその日のうちに直ってました。できるんだったら、早くやってくれればよかったのに。

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見えなかったね、万里の長城

2003年10月17日のニュースによると、中国初の宇宙飛行を終えた楊利偉飛行士が、6日午後に国営テレビに対して、「宇宙からは、万里の長城は見えなかった」と言ったそうな。

万里の長城は宇宙から見える唯一の建造物だと、ずっと思っていたので驚きました。「恐らくそうであろう」という話であって、何らかの手段で確認された事実ではなかったんですね。

宇宙から確実に見えると言うためには、誰かが視認するか、人工衛星で写真撮影したかのどちらかが必要で(他には、たとえば万里の長城の長さや高さなどをもとに数学的な計算で、「宇宙から見える」という結論を得ていたとかあるのかな?)、中国上空にてそれがなされたという話は、考えてみれば今まで聞いたことがありません。

ずっとそう思ってたことが実はそうではなかったということは、人生の中でざらにあります。僕は、「とりつくしまもない様子」を「けんもほろほろ」と言うと思っていました。
ちょっと違うか…

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